『王様の耳は』

べる


紺野は食いしん坊だ。

それはハロプロメンバーでなくとも知っている事で、収録中にカメラが回っていても気にせずよく食べる。今日はそんな紺野が楽しみにしている私の誕生日…たくさんのケーキやおいしいお菓子がある日で、ライブも終わりホテルの一室でパーティが始まっていた。

机にはコンビニで大量に買いこんだお菓子が並べられ、あまり広いとはいえない部屋にメンバーが集合し、あちこちで騒いでいた。家族で祝うそれとはまた違う、賑やかな誕生会。
それは幼い頃に友達を呼んでやっていたものに、どことなく似ていた。

大好きな友達に囲まれ、おいしい物を食べて思いっきり遊ぶ。それはとても特別な日で、私にとっては自分の生まれた日というより、そういう風に騒いだり、綺麗な服を着たりケーキをたっぶり食べれる――『私が王様になれる一日』だと思っていた。
何をしても怒られないし、欲しかったおもちゃが買ってもらえるし、みんな自分の言う事を喜んで聞いてくれる。そんなわがままし放題の日という認識の方が強かったと思う。

そういや、いつまでお誕生会ってしてたんだろう?
この年になってまでこういう祝い方をしてもらえるのは、ある意味娘の特権かも。

そんな事を考えながら、みんなが差し出してくるプレゼントを開けていた時、その中身よりも何故か紺野の事が気になっていて、その動向ばかりに目がいっていた。
何かしら、その時から予感めいたものがあったのかもしれない。


本日メインのケーキは全部で3種類あった。
苺が溢れるほどのっている白と赤のデコレーションケーキ。
ナッツの入ったチョコレートケーキ。
そしてもう一つは、明らかに高そうなブルーベリーやら何やら名前の分からない果物が、ふんだんにのったタルト。

きっと、箱をあけた瞬間から紺野の目にはそのタルトしか映っていなかったんだと思う。
だってそれが登場した時、目がこぼれる程輝いていたから…
しかし、圭ちゃんが白いケーキからナイフを入れたので、皆と同じように紺野もそれから手を付けた。もちろん真っ赤に熟した苺はよけていて、隣にいる小川の皿にのせていた。

そこらへんは、ののやあいぼんとは違う。

そういうところは紺野を含め歳の若い5期メンバーはしっかりしていて、「こっちがいい!そんなの嫌だ!」などと、輪を乱すようなわがままを言う事はなかった。
そう、のの達とは違って我慢という事を知っていた。
電流の制限回路があるかないかの違いと変わらなくて、紺野にはそれがついていただけの事。
たぶん大本の食欲の電気量はののよりも遥かに上をいっているんだと思う。
のの達とは違って、紺野には制御装置が付いているだけだった。

のの達とは違って…

白いクリームを口に付け、みんなが甘い時間を過ごしている頃。
ののとあいぼんは二人仲良く、綺麗に焼き目のついた茶色いかすをまき散らしていたのだ。

「あー!!」

声量のない紺野には珍しい大きく太い声。
何ごとかと紺野を見ると、水槽で口をぱくぱくしている酸欠状態の金魚そのもの形相で一点を見つめていた。私は人が口をパクパクしているのを初めて見たことに、感動すら覚えていた。
笑いを堪えながら、紺野の酸欠の原因と思われる方を向くと、そこには明らかに「しまった…」という顔をしたお馬鹿が二人、口をだらしなく開けて立っていた。

食いついていたケーキを驚きのあまり床に落としてしまったらしく、ケーキは茶色い花びらと色とりどりの果実をまき散らしながら、灰色の床に咲いていた。
中からはもう、赤や黄色い実が待きれずに溢れだしていた。
あっという間に枯れてしまった姿を、とても冷たい空気が包みこむ。
メンバーのみんなはその光景をただ眺めていた。

生クリームとチョコのケーキは2つずつあったけれど、そのタルトは一つしかなかった。
つまり、紺野は狙っていたタルトを食べれなくなってしまった訳で‥

 ? ? ?

「ねぇ、やっぱ怒ってんかなぁ?」

その後、辻が大泣きしたせいもあってタルトの一件は、食いしん坊のいたずらと言う事で片付けられていた。パーティも終わると、圭ちゃん達大人メンバーは明日のライブのためにと、すぐに自分の部屋へ帰っていった。大きなお土産を一つ残して。
食いしん坊は二人だけじゃなかった。

「あさ美ちゃんは、今までおこったことねかったんでぇ、あっしにはわからんです。まことは?」
「う〜ん、あたしも見た事ないかなぁ…」
「新垣もないです」

壁と向かい合い俯いてしまっている紺野から少し離れた所で、四期と五期メンバーは肩を寄せあいひそひそと会話している。
あれから、紺野は椅子に座ったまま何も口に入れなかった。
お菓子が山盛りあるこの状況でのその行動は、彼女を知っていれば不気味なものにしか見えない。
背中には怒りというか哀愁さえ漂っている。ちびまる子ちゃんで言えば、頭から肩のラインに垂直に線が何本もささっている感じだ。そして、それをすばやく察知した大人達はそそくさと帰ってしまった。
取り残されたのは7人。この状態で帰るなんて事も言い出せずに留まっている。
一人抜けがけで帰るなんて言える雰囲気ではなかった。

「やっぱさ、子供だったらこう…手足バタバタとかでしょ。気に入らなかったらさー」
「よっすぃー、いくらなんでも紺野は中学生だからそんな事はしないよ」

隣にいる梨華ちゃんは、私の沈黙を消すためのぼやきを丁寧に拾って、微笑みながらそう答えた。
んな事わかってるよ。

「のんなら、すぐに泣くのに」
一人椅子に座ったまま参加しているののは、得意げに宣言する。
「ははは、ののは分かりやすくてええなぁ」
「うん。のんなら、ウソ泣きでもなんでもするもん」

「「「「え!?」」」」」」

みんなの声が綺麗に揃った。それと同じで、みんなの思いも一つだっただろう。
さっきのもウソ泣きだったのね。のの。

「のの!ウソ泣きはダメだよ。ほら、おおかみ少年ってあるでしょ?知ってる?ウソばっか付いてると大事なときに信用されなくなっちゃうのよ」

こういう時、真面目に反応するのは一番年上の梨華ちゃんだ。
責任感が強くて冗談があまり通じないせいか、あいぼんとはしょっちゅう口げんかしている。
結局は、梨華ちゃんがからかわれていたりするのだけれど、梨華ちゃん自身はあまり気付いていないみたい。
うちはののといつもその微笑ましい様子を眺めているだけで、止める事はなかった。
それが私達のコミュニケーションの一つだったりもするからだ。
梨華ちゃんには悪いけれど、けっこう楽しんでいたし、それを見るのが好きだったりする。
だから、私達は止めたり助け舟を出すことはしない。

やじを入れる事はあっても…

「そんな子供だましな話持ってこられても困るわなぁ?のの。そんなん都合良く大人が子供を諭すために作った話やないか…あれや、あれ。ピアスさせたくなくて、穴から出てくる白い糸を引っぱると失明するっていう作り話と同じ事やろ?ゲームとか、何かと都合悪いもんが普及すると、決まって悪い副作用を探してきて、やめろ!て頭ごなしに言うんや。ほんま汚いなぁ…嘘ついてんのは大人の方なんや。そんなんいらんて梨華ちゃん」
「そうれす!大人なんか嫌い!嘘つくなんてひどいれす」

そして戦いが始まる、一方的な戦いが。
あいぼんの機関銃トークとののの泣き落とし作戦に勝てるわけもなく、梨華ちゃんは既に意気消沈していた。
うちはもちろん静閑。高橋や小川、新垣も口を閉じたまま見守らざるおえない。

「え?ちょっと待ってよ、何でそうなるのよ、あいぼん。私じゃなくてののでしょ?ウソついてるの…それに私まだ大人じゃないし」
「もうおばちゃんだよ。ののを嘘つきよばわりする…ひどいおばちゃんれす」
「そうや、もうおばちゃんの仲間いりやなぁー梨華ちゃんも、おめでとう」
「何でよー。まだ18歳だもん!…あ、そしたらよっすぃーもおばちゃんじゃん」

どうやら梨華ちゃんは、すっかりオオカミ少年については忘れてしまったようだ。
それよりもおばちゃんという響きに反感を持っているらしく、敵を連れてうちの方に逃げ込んできた。
巻き込まないでよ、梨華ちゃん…

「ええ?ちっげぇーよ」
「うん、よっすぃーは違うのれす」
「そうや、よっすぃーは違うねん」
「ははは、二人ともええ子やなぁ。エライエライ」
「何それ、ずるいよ。二人とも…」

得意げにケバ子風に答える。梨華ちゃんは眉間に皺をよせていて、明らかに不満そうな顔をこちらに向けていた。
へへへ、ごめんね。まだ18歳ほやほやだからね。

「よっすぃーは」
あいぼんは私を見ると、口の端をにやりと上げて言った。「おじちゃんやねん!」
「はぁ?」
「お父さんれす」
「エロ親父やんか、なぁー」
「フフッ…」

横で嬉しそうに梨華ちゃんは笑いを堪えている。二人は悪気のない笑顔をしていたが、私には家にいるくそガキ二人と重なって見えて、自然と握りこぶしを振り上げていた。
こいつらー!

「あのーそろそろいいですか?あさ美ちゃんの事を」
「「「「あっ、ごめん」」」」

その腕をしぶしぶ下ろさせたのは、一番年下の鋭い顔をした新垣だった。

「でもさー、うちはムカついてる時とか、放っといて欲しいなぁ。話しかけられると余計に腹立たない?」
「そやなぁ、うちらに出来る事なんて始めからないねん。ここは同期の愛ちゃん達に任せて、とっとと帰ろうやないか」
「そうれす、ののもお腹すいたのれす…」

喋ることにも疲れた3人がこぼすグチに、梨華ちゃんが唇を尖らせた。

「なんでそうなるのよ!ちょっと、ひどいわ。みんな仲間じゃん!大事な後輩が困ってるんだよ。紺野がかわいそうだと思わないの?そもそも原因を作ったのはののとあい…」
「そないな事言って、どうせ梨華ちゃんはこの状況を楽しんでんやろ。こういうのを解決して偉くなりたいんやないの?石川先輩!素敵です!みたいに言われたいだけでしょ」

またもや戦いが始まる。今度も2対1。この時点で負けている事に気付かないのかな?
だって、ここは民主主義の国で昔から多数決で物事を決めてきたんだよ。
クラス委員とかもそうだったじゃん。
勝負には数で対抗しなきゃね。え?うちが入ればいいって?そりぁもちろん参戦するけど…

「うっわー、ひっでぇーな梨華ちゃん」

火に油を注ぐ方が好きなんだよね。

「もう、よっすぃーまでのらないでよ。私はただ紺野が心配なだけで…」
「それなら、梨華ちゃんに任せて帰ろうぜ。たかーし達も帰っていいよ」
「えっ?」

高橋は予想通り驚いた顔をしていた。いや困った顔かな?
そういえば反応が梨華ちゃんに似ているかも。あれだよね、アメリカンジョークとか絶対通じない感じ。

「ほな、石川先輩がんばって下さい」
「あははは、梨華ちゃんがんばってね」
「パリパリ…残ったお菓子もって帰ってもいいれすか?」
ののはいつの間にか、残ったお菓子を手にいっぱい抱えていた。

「ひどいよ、みんな…しくしく」
「梨華ちゃん、ウソ泣きはいけないのれす。それに全然バレバレなのれす」
「ダメな大人の見本やな。のの真似したらあかんよ。ほんまキショイわ」
「あい。キショイれす。」
「ははは、キショイらしいよ梨華ちゃん」
「…いじわる」

「あのー!」

一人の泣き声と3人の笑い声をかき消したのは、またしても新垣だった。
釣り上がった自慢の眉毛を目にして、4人は肩をすぼめた。

「「「「ごめんなさい‥」」」」

「あのさ、紺野って本当に怒ってるのかなぁ?意外と寝てるだけかもよ?」

気を取り直して、話が逸れないように紺野の話題から始める。
壁際の暗い背中はさっきよりも向こうに傾いているように見えた。

「でもあっし、さっきちらっと見たんですけど、目は開いてましたよ」
たかーし、やっぱ梨華ちゃんに似てるかも…
二人を交互に見ていると、あごに手をあてて何か考え事していた梨華ちゃんが口を開いた。
「う〜ん、いつもボーとしてるからなぁ。ラジオの時とかも食べ物の話する時だけ凄い目が輝くから…ね、新垣?」
「そうですね。あさ美ちゃん、お菓子の時だけは表情が明るいですよね」
梨華ちゃんも、脱線しないようにたんぽぽコンビに逃げ込む。

「そうれす、やっぱ食い物れす。これ上手すぎなのれす…パリパリ」
ののの手にはまた新たな袋が抱え込まれていた。

「まこっちゃん、トランプでもして遊ぼうや。難しい事は大人にまかして」
「おー、いいっすね」
ベットに腰掛けた二人から聞こえる声に、部屋は急に静かになった。
冷めた視線と無言の圧力があいぼんと小川にかかる。
小川はそれすら気付かないようで「加護さんトランプしないんですか?」なんて事を尋ねていて、隣の高橋に腕を引っぱられていた。

「そうや!笑わせて、忘れさせてもうやないか」

自分の失言を撤回するべく、あいぼんが提案してきたのは簡単な事だった。
紺野を笑わせて、怒っていた事をばからしく思えるようにしようという作戦。
そんな事で直る機嫌の持ち主はそうそういないんではないかと思ったけれど、何故かみんな乗り気だったので、やることになった。

「でも、どうやって笑わせるの?」
「んー、そんなの加護に任せてもらえればオッケーだわ。いってくるで」

まるで大事な試合に挑む選手のように肩をいからせ、紺野に向かって歩いていく。
壁と紺野の間に立ちと向かい合ったところで、試合開始のホイッスルが鳴った。

「こーやなぎ徹子でございまーす!」
「「「「「え?」」」」」

ものまねかよ。しかも、また名前間違えてるし。
結局そんな物が今の紺野に通じるわけもなく、あいぼんは肩をおとして戻ってきた。
「あかんわ…」
紺野の凹みを貰ってきてしまったかのように、そう呟くと力なく床に座り込んでしまう。
あーあいぼんまで落ちこんじゃったよ。

「うーん、次は誰が行く?…あれ?」

気が付くと、呑気にお菓子を頬張っていたののの姿が消え、紺野の前にウドさんが立っていた。
「ありゃ?のの?」
「あいぼんの仇を取りに行くって言っちゃったの」
その思いも届かず、ののも肩をおとして帰ってきた。

「よし!こうなったら梨華がんばる!」
「え!」
目の前で一歩踏み出した梨華ちゃんの腕を私は慌てて掴んだ。
「ちょっと、止めないで!よっすぃー!あの子達の仇を取りに行くんだから」
「いや、それがいいんだって」
さっきまで散々いじめられていた敵の仇を取りに行くなんて…さすがとしかいいようがない。
しかし、そんな事をさせたら余計に…ねぇ?まずい事になるのは避けられないでしょ。
「なんでよー。よっすぃもそう思わないの?」
「そうじゃなくて…」

「寒くなるねん」

強い口調に顔を向けると、さっきまで床にへたり込んでいたあいぼんが、目を輝かせて立っていた。その隣には、にやけた笑みを浮かべたののもいる。

「そうれす、寒すぎるのれす」
「私は二人の事を思って言ってるのに」
「余計なお世話やんなぁ、そんなん梨華ちゃんの自己満足に使われたくないわ」
「そうれすそうれす」
「なによー。寒くなんてなんないわよ!ほら、私っていっつもみんなを盛り上げてんじゃん?」

うちらはいい食物連鎖ができているのかもしれない。
楽しそうな表情を取り戻したあいぼんとののと目を合わした。

「うー。寒っ」
「なんやー誰か冷房いれたんか?」
「へ、へっくしゅん。何かぞくぞくするれす」
「もう、みんなして…」

「あのー!吉澤さん!」

「あ、ごめんごめん、ちゃんとします」
私は新垣の言葉に自然と謝罪してしまう事を学んでしまったらしい。
ガキさん恐いかも。
「違います、違います」
新垣は怒っているわけではないようで、顔の前で違うと手をふっていた。
「ん?」
「ここは、私達にまかして下さい」

そう言って新垣は誇らしげに自分の胸を叩く。
隣にいる高橋もうんうんと頷ずいていた。小川もそれに合わせて首を縦に振っている。
わかってねぇな小川…。まーでも、こっちからお願いしたいくらいだしなぁ。
うん、ここはガキさんにまかせよう。

「よし!それじゃ、ここは一つ君たちにまかしてみるかな」
「「「はい!」」」

「どういう作戦でいくの?」

する事もなく、端っこでゴソゴソしている三人に話し掛ける。
その答えは、こっちを振り向いた瞬間に出ていた。
「わははははは…」
「あーいつ見ても泣けるわ、あはは」
「フフッ」
「なんれすか、すごいれす!」

私のジャージを羽織った小川の顔は、猪木に続く大ヒットものまねなわけで―

「まこと、がんばってなぁ」
「それだけで何もしなくていいからね。まこっちゃん」
「おう、富良野はどこだべ?純ーほーたーるー」
そう言いながら小川は背中を丸めて紺野に向かっていく。
その後ろで私達は、必死に笑い声を押さえていた。
あー何回見ても笑える、腹いてぇー。これなら紺野も負けるよ。

しかし、世の中そう上手くはいかない。
懇親のネタも、北海道出身の紺野だったが空振りに終わってしまった。

「それにしても、ゴロウさんが効かないとは」
「ほんま、笑いっちゅうもんがわかってないねん、あさ美ちゃんは」
「ののは眠いのれす」
「私が行ってれば絶対いけてたのに…」
「うーん、どうしたましょうか?」
「あっしも何かやんなきゃいけなかったかな、ラブリーとか…」
「ほーたーるぅーるるるる」

はぁー、気が重い。
何人かは、さっさと帰らしといた方が良かったな。
ライブの疲れが思いだしたかのように、緊張感の途切れた体にのしかかる。

「紺野って普段ぼーっとしてるし、表情変わらないからわかりにくいんだよー」
遠目に見ても、紺野の肩は笑いを堪えているようには見えなかった。
「そうなんですよ、無表情ってわけじゃないんですけどね」
新垣一人が真剣に考えているようだった。他のメンバーはみんな座り込んでお菓子を食べたり、テレビに食い付いていたりする。
放置するつもりだな…
疲労を誤魔化すように大きく伸びをすると、自然とあくびが出た。

「ふぁー、誰かさんみたいに泣いたり、眉間に皺よったり、口調が強くなってくれれば、楽なのになー」
「「「なに?」」」
テレビをみていたはずの3人が一気にこっちを振り向いた。

「いえ、何でもないです」

こういうのだけ聞こえてるのか。

「あ!そういえば一つだけありますよ」
一人真剣に考えていた新垣が声を荒げる。
「あさ美ちゃんって、興奮したりしてると鼻の穴が大きくなるんですよ」
「あー、そういや、うたばんの時もそうだったね。ははは、あれ変な顔だったよなぁ」
「それじゃ、私、ちょっと確認してきますね?」
「おう、まかせたガキさん」
独特の動きでちょこちょこと紺野のとこまで行くと、新垣は頷きながら帰ってきた。

「よ、よよ吉澤さん、大変です。あさ美ちゃんの鼻ふくらんでました」
「うーん、やっぱ怒ってるのか…」
とりあえず腕を組んでみるが、何も思いつかない。
こうなったら、普通に話し合うしかないかな。
私は腰を上げて、紺野の座る椅子へと足を向けた。

「吉澤さん?」
新垣の心配そうな声に、無言でゆっくりと頷く。
くるりと背を向けると、後からたくさんの視線を感じた。
どうしよう、かっこよくでてきたけど…何話せばいいんだろう。

紺野の向かいの席にどかっと腰をおろす。「おいしょ」とおばさん臭いかけ声までつけたけれど、紺野が顔をあげる様子はなかった。俯いた横顔を意識して覗き込むと、確かに小鼻のあたりが膨らんでいる。口は無気力に開き、目は真っ赤に充血していた。
やばー、もしかして泣いちゃってたの?ののより重症じゃんか。まじ泣きだよ。

その姿に怖じ気付いて、声をかけることもできずに、後ろを振り返る。
指でバツマークを作る私に、みんなは「いけ!話し掛けろ!」と揃ってリアクションしてくれていた。後で、とりあえず頭をはたいてやろうと思った。

「紺野?」

私の声にも無反応な紺野。うーん、ここで引いちゃだめだよなぁ。よし。

「こんのー!こんのぅ!こんのぅです」
岡八先生の真似をしてみても、大きな目でギロリと睨まれるだけだった。
背後では、紺野の怒りの鉄拳がそこまで届かないことをいいことに、無責任にも
喋れ喋れと騒いでいる。

そういえば、紺野って空手何段なんだろう?
そんな事をふと考えながら、テーブルの上のペットボトルに視線を送る。
もちろん、そこには紺野への対処法なんてものは書かれていない。
そのオレンジ色を見て、急に咽の乾きを覚えた時だった。

自分の携帯の音に、ビクッと体を震わす。
緊張感の漂った部屋に、呑気な着メロが流れ出した。
それを消すために慌てて腰を上げるのとと同時に、微動だにしなかった紺野が立ち上がる。
そこにいるみんな動きを奪われたかのように固まっていた。
固唾を飲んで、紺野の様子を見守る。
一気に部屋の温度が高くなった気がした。

硬く握られた握りこぶし。プルプルと震えだす肩。
紺野はベランダを背にした状態で、床のあたりを見つめている。
緊張がぴんと室内に張り詰めていて、携帯をとりに行くこともできない。
携帯はまだ音を鳴らし続けていた。

「あさ美ちゃん?」

徐々に力の入っていく紺野の姿に心配したのか、小川が声をかける。
それに反応するかのように、紺野は顔を上げて信じられない行動をとった。
いや、信じられない光景を見たのだった。そこにいた私達全員はあっけにとられていて、紺野が勢いよく部屋を飛び出していくのを止めるこはできなかった。

「な、何?今の?」

私は少し斜後ろから見ていたせいでよくわからなかったけれど、異常なことが起きたということは、それを真正面から見ていた梨華ちゃん達の表情から読み取れた。
「何って…」
梨華ちゃんは困ったような顔で私の顔を見つめ返す。他の子も混乱している様子だった。
あいぼんだけがしゃがみ込み、床にはり付いてせかせかと動いてる。

「よっすぃーも、ボケっとしてないで捜せや」
「え?捜す?」
「そうや、それが見つかれば何が起きたか教えてあげるから。まずは物的証拠が大事やねん」
「ブッテキ証拠?」

言われるままに、とりあえず床に手をついてあたりを見回す。
食べ物のカスやごみは、終わり際に掃除したから綺麗になっていった。
ベットの隅に残っていたゴミを一つ見つけ、それを手にしようとした時、あいぼんの大きな声が耳もとで爆発した。

「だぁー!よっすぃ、それ触ったらあかん!」
キンキンする耳を押さえながら、いつのまにか箸でそれを摘んでいる加護を睨む。
「あいぼん…それが証拠?」
「そうや、よう見つけたなよっすぃー。もう一個はりさちゃんが見つけたからもう安心やね」
「そうやねー」
やる気なく答えた私に加護は不満そうな声を漏らした。
「なんや、聞きたくないんか?かごちゃんの名推理を?」
「はいはい聞きたいです。それがどう関係あるんですか?名探偵?」
そう言葉を返すと、あいぼんは得意げな笑みを口元に浮かべた。
私って親ばかになるかも…。

「簡単に説明すると。これが、あさ美ちゃんから出てきたんや」
「え!まじ?」
「うん。まじで」
梨華ちゃん達も、高橋や小川までもが首を縦に振っている。
騙されているわけでもなさそうだ。

「出てくるって…これ食べてたの?紺野?」
私はあいぼんの箸の先っぽを指差す。あいぼんはにんまりとした様子で首を横に振った。
「ちゃうちゃう。口からじゃなくて、鼻からや」
「は?鼻から?」
「そうや、鼻から一個ずつでてきたから、2つあるんや」
「えっ、だってこれって…」
私はもう一度それをしげしげと眺めた。

「豆だよね?」

そこにいたみんなは、合わせたかのように大きく頷いた。

「―つまり紺野は怒っていたんじゃなくて、ただ鼻の奥につまった豆とパーティの間中ずっと悪戦苦闘してたってこと?あははは、面白いすぎるわ紺野は。ははは」

フルーツがぎっしりのっかったケーキに、圭ちゃんはナイフを入れながらげらげらと笑う。
ののとあいぼんは、その分けられるケーキを眺め「ここがいい」だの「こっちが多い」だの値踏みしている。高橋と新垣が圭ちゃんの言葉に頷いている横で、小川は机につっぷして寝息を立てていた。

「私達ずっと怒ってるんだと思って、いろいろ大変だったんですよー」

梨華ちゃんは紙皿を圭ちゃんの近くで広げながら、ぶつくさと甘えるようにグチを言っている。
私はその様子をベットに転がって眺めていた。

圭ちゃんは、お馬鹿たちがダメにしたケーキと同じ物を買いに行ってくれてたらしく、紺野が出ていった後、箱を手に下げて部屋へと入ってきた。飛びついてくるだろう笑顔もなく、妙な雰囲気に圭ちゃんは首を傾げ、しばらくの間ドアの前で私達と見つめ合っていた。

「でも、何で豆が紺野の鼻に入ってたんだろう?」
「ほんま、それが一番の謎やねん、この事件の。自分でいれたんかな」

「あっ、そういえば私見ましたよ」
急に、新垣が授業の問題に答えるように手を上げた。
「何を?」
「あの、あさ美ちゃんに矢口さんが何かを手渡して、内緒話ししてたんです。その時矢口さん、柿ピー持ってましたよ」
「てことは…矢口さんが真犯人てとこやな」
「あははは、そうね犯人は矢口ね。あいつの事だから、豆を鼻の穴にいれて置くと声量が大きくなるとか適当な事言ったんだよ、きっと。ははは、鵜呑みにする紺野も紺野だけどさ」

圭ちゃんは笑いが止まらないようだ。小さなナイフがその振動で震えている。
それ気付いた梨華ちゃんが圭ちゃんの肩を叩いた。

「ちょっと、ちゃんと切って下さいよ。保田さん」
「そうや、こっちのケーキがえらい寂しくなっちまうで、おばちゃん」
「そうれす、ケメちゃん。ののはここもらいますよ」
「あーそうそう、聞いて下さいよ保田さん。この子たち私のことおばちゃん呼ばわりするんですよ。私まだ18歳なのにおばちゃんってひどくないですか?おばちゃんは保田さんとか飯田さんとかですよね。おばちゃんなんて絶対いやですー。まだこんなにピチピチの肌だし…おばちゃんとは違いすぎますよね。あっ、でもよっすぃーなんておじちゃんって呼ばれてプッ…そうだ、私も鼻に豆を入れたら歌がうま―」

「あーもう、あんたたちうるさいのよ!」

圭ちゃんはカスタードクリームまみれの包丁を振り上げて、それはもう末恐ろしい表情で怒鳴った。
部屋の中は一瞬にして静寂につつまれる。小川の寝息だけが、無防備に音をたてていた。
でも、それを遠巻きに見ていた私の表情は弛んでいたし、みんなも怒られているけれど、なんだか嬉しそうな顔をしていた。そして、それは圭ちゃんにも伝わっていたんだと思う。

「まったく、あんた達は…何歳になっても変わらないんだから」
そう言う圭ちゃんの目は優しい。
そのままぐるりとみんなを見回してから再びナイフをケーキに入れ、ため息をつくように呟いた。
「人生はショートケーキじゃないのよ。ホールケーキなのよ」
「へ?」
圭ちゃんの唐突な言葉に、私は思わず声をもらしてしまう。
圭ちゃんはナイフをもった手で私を手招きした。
「あんたも食べるんでしょ?寝っころがってないでこっち来なさいよ」
「う、うん」
恐る恐る席につくと、高橋が小川を起こしたようで目を擦りながらボソボソと喋っている。
変な静けさが広がっていた。

「圭ちゃん、今のどういう意味?」
みんなが聞きたがっていた疑問を隣に腰をおろしてから、思いきって投げかける。
圭ちゃんは口の端をあげ、にやりと笑った。
「ん?あんたたちみたいなお馬鹿さんにも分かりやすいように、ケーキに置き換えただけよ」
「ばかって…」
何か文句でも?といった感じの表情をして、圭ちゃんはみんなを顎でさす。
私はつられるようにみんなの顔を眺める。お誕生日席に座っている私と圭ちゃんから見て左側に座っているのは、小川に高橋そして梨華ちゃん。右側にはガキさんとあいぼんと…
…のの。女王だ。

あぁ、こういう時に限って紺野がいない。

渋い表情をしている私に、圭ちゃんが微笑んだ。
「なんか異義ある?」
「全然ないです」
私達は蛇に睨まれた蛙のように大人しくなり、ただケーキに視線だけを送りつづける。
少しして圭ちゃんが口を開いた。
「おばちゃんだの、おばーちゃんだの言ってるけど、人間突然おばちゃんになるわけじゃないのよ」

8当分に切られたケーキ。
ナイフを底に差し込み、一つずつ倒れないようにお皿にとりわける。

「赤ちゃんから、幼稚園に通って…小学生。そして中学生から高校生になって」
三角形にになったケーキがどんどんお皿の上にのっかっていく。圭ちゃんのお喋りも止まらない。
「二十歳になって三十路を向かえて、中年になっておばーちゃん。みんな繋がってるのよ。こうやって、切り取られた部分ばっか見てて安心してたら、すぐにあんた達もおばちゃんよ」

みんな、圭ちゃんが自分の前にケーキを置いていく様子をじっと見守っていた。

「ま、堅い話は抜きにして、さっさと食べちゃいなさい。明日もライブなんだから」
そう言う圭ちゃんの声が届いていないのか、ののはホークも持たずに目の前のケーキをじっと目で見つめている。
「どうしたの?食べたかったんでしょ?紺野のはこれとっておくから、気にしないでいいのよ。私のおごりだし。ほら、辻、食べていいわよ」
その言葉にも、ののは首を横にぶんぶんと振る。
「ちがくて、のんは…」
「ん?じゃぁ、どうしたの?」
「のんは、おばーちゃんのトコじゃなくて、高校生がいい!」
「は?」

ホークを口に加えたまま、ののは対角線上にある小川のケーキを指差した。
見比べてみると、確かに小川のケーキの方が大きくて、果物も色んな種類がのっていた。
圭ちゃん、ののには伝わってないみたいだよ。

「あー、いいですよ。私おばーちゃんでも。そんなにお腹すいてないですし」
ぽかんと口を開けていた小川がじぶんの皿を差し出すと、ののは嬉しそうにそれを手にとりすばやく口へと運び「んー」と幸せそうな声を出した。
すごいなののは。でも、なんか癒されるなぁ。
怒る気力もないのか、圭ちゃんも私と似たような表情をしていた。

「ずるいでーのの。そんならかごも三十路なんて嫌やー、梨華ちゃん、赤ちゃんと交換してや」
「えー、私だって嫌だよ、三十路なんて。中澤さんになっちゃうじゃん」

「新垣のは二十歳なんですね。へーこれが成人か…このチェリーちょっとブランデー入ってますもんね」

「ほー、あっしのは何でしたっけ?幼稚園生なんてラブリーでやって以来ですってば、あ、まこと。少しこっちの食べなよ。そしたら、少しはばーちゃんが薄れっかもしれねっから…」

「けちー、梨華ちゃんのけちー。今さらそんなん食ったって赤ちゃんみたいな白い肌に戻れるわけでもないのに」
「何よ!別にそんなこと期待してるわけじゃないもん。そんな事いうなら、もうあげない。ちょっとは交換してあげてもいいなぁーって思ってたのに。もう絶対交換しないからね!」
「あー嘘や、嘘。ジョークだって梨華ちゃん。関西じゃ笑っておわり…」

言い合いを続ける梨華ちゃんとあいぼん。一方的に喋る高橋とそれを聞き流している小川。
一人でケーキを研究している新垣。目の前で美味しそうにケーキを頬張るのの。
夜の深さと反比例するように室内はますます騒がしくなっていった。
時計の針がちょうど12時をまたぐ。
あー、王様タイム終わっちゃった…。

「吉澤」
圭ちゃんはその騒々しい光景を眺めたまま、他の人に聞こえないような小さな声で私の名前を呼んだ。
「あんたまで変なこと言い出さないでよ」

目の前の出来事を言っているんじゃないんだという事は、その低く強い口調ですぐに分かった。
黙っている私に圭ちゃんの鋭い視線が突き刺さる。それでも、私は表情をかえずにみんなの言い争いを眺めていた。
「よしざわ…」
「わたしは大丈夫だよ、圭ちゃん」
そう答えてからホークを手にとる。タルトの中からたっぷりつまったカスタードクリームが押し出される。大きめの固まりを口へ放り込むと、甘酸っぱい香りが口の中に広がった。

「んー、うっめー。圭ちゃんこれすっごい上手いよ」
「そう…」
圭ちゃんは複雑な表情で私を見て、肩に少し触れるように手を置いた。
「来年もこうやって、みんなに祝ってもらうのよ」

数秒圭ちゃんと見つめ合っていたけれど、こみ上げてくる感情を押さえることができなくて視線をそらすように甘いケーキにホークをたてた。潰れないように時間をかけて切り分ける。

「圭ちゃん、仲良く半分こしよう。中年ケーキだから圭ちゃんには毒かもしれないけどね」
しばらく堅い表情を私に向けていた圭ちゃんも、負けたという感じで笑顔を見せてくれた。
「それじゃ、お言葉に甘えて頂こうかしら」
「そうだよ。来年は圭ちゃんに祝ってもらえないかもしんないし」
「何言ってるの。私は誰の誕生日も忘れたりしないわよ。ちゃんとお祝いするに決まってるじゃない卒業したって、ちゃんと駆け付けるわよ」

ケーキを頬張りながら喋る圭ちゃんに、私は子供じみた感情を押さえることができなかった。

「でも、今日ごっちんはいないよ?一緒にこうやってケーキだって食べれないじゃんか…」

背中に衝撃が走る。圭ちゃんが力いっぱい背中を叩いた事よりも、圭ちゃんの困ったような表情の方が痛い。口の中のケーキの味は、いつの間にか色を失っていた。

「よっすぃー、電話鳴ってるよ」

梨華ちゃんの声で部屋の音が一気に戻ってくる。さっきと同じ聞きなれたメロディが流れていた。
気まずい雰囲気を切るように、急いでベットへ駆け寄った。

「もしもし」
『よーしこー!誕生日おめでとう!』
「おーありがとう。ごっちん」
『もーさっき電話したのに、もうすぎちゃったよー。メールは一番乗りしたのに』
「あー、ごめんごめん。みんな騒いでて出れなくて」
『まだ騒いでるの?元気だねぇ』
「そうなんだよ、圭ちゃんが変な事言うから、あいぼんが騒ぎ出しちゃってさー。そうそう、ののとあいぼん私のケーキ落っことしたんだよーひどくない?いたっ…なんだよあいぼん。何?あっ、こら勝手に人の携帯とん…」
『よしこー?』
「やっほー!ごっちん」
『おーあいぼん。ケーキ落としたんだってねぇ?』
「違うよ、かごは悪くないんだよー、ねぇのの?…はい、のんも悪くないのれす…ごっちんわたしキャッ…梨華ちゃんは呼んでへんから喋らんでええねん。赤ちゃんくれへんかった罰や。ごっちん聞いてよ、梨華ちゃんってなーケチで…」

私にかかってきた電話なのに…
ベットの上でもみくちゃになっている3人を残して席へと戻ると、圭ちゃんは何故か大笑いしていた。

「どうしたの?圭ちゃん、あの子たちそんなに面白い?」
「あははは、違う違う。あんたの着メロよ、後藤のはマイケルじゃないのね」
「あー、でもごっちんのはまだ前のやつだし。まだセクシーガイ落としてなくて…でもそれが面白いって?」
「うん、もう最高。紺野って本当におもしろいわね。だって、豆がとれた時その着メロ鳴ってたのんでしょ?」
「そうだけど、紺野とサントワマミーに関係あんの?」
「どっちかっていうと豆とサントワマミーの方ね。でも、あんたに言ったって分からないと思うからいいわ。あはは、おばちゃんの笑いだから気にしないで。ははは」

くそー、少しおばちゃんが羨ましく見えるじゃんか。
大笑いしている圭ちゃんを横目に、私は中年ケーキの最後の一口を味わった。

「あのー!そろそろみなさん部屋に戻ってくれませんか?」
突然発せられた新垣の大声に、みんなピタリと動きを止めた。
「私も早く寝たいんですよ」

その怒りの籠った声に、慌てて借りてきたテーブルを畳むと、みんなそそくさと荷物を抱え部屋を後にした。それは一分もかからなかった気もする。
ガキさん恐るべし。

「ねぇ、梨華ちゃん。もしかしてここ新垣の部屋だったの?」
「うん、そうみたい」

だから紺野の時、あんなに協力的だったのか。
なんだ…早く寝たかっただけなのかよ、ガキさん。


みんなと別れて自分の部屋の前に立った時、ののが奪われていた携帯を持ってきてくれた。
「おー、忘れてた。サンキューのの」
ドアノブに手をかけてもののは帰る気配がなく、しっかりと私のジャージの裾を握っていた。
「ん?どうしたの?一緒に寝る?」
ののは顔をぶんぶんと横に振った。
なんだろう?何か言いたいことがあるみたいだけど。
「のの?」

「よっすぃー…」
震えるような声を出しながら、ののは伏せていた目をこちらに向けた。
「つぎはのんがケーキ買ってきてあげるから、あのーこうやってみんなで、こうしてまたお祝しようよ。一緒に…つぎのつぎもそのつぎも、それからつぎのつぎのつぎも」

ののの潤んだ目に真直ぐ見つめられると、胸が傷んだ。
心をすべて見すかされてるような目。
そりゃ、そうだよね。ずっと一緒にいるんだから。
ここで誤魔化すような返事をののにするのは失礼すぎる。
私は少し屈んでののの頭を撫でながら、自分に言い聞かすように声を出した。

「ありがとうのの。来年も、再来年もその先もののに奢ってもらうように頑張るよ」
「ほんとに?」
「うん。よろしくお願いしますよ、辻さん」

ののはその言葉を聞くとほっとしたような笑顔見せ、パタパタと音を鳴らし部屋へ戻っていった。
一息つく間もなく、部屋の中からけたたましい音が聞こえてくる。
急いで部屋にかけこみ、ベットにダイブして電話をとった。

「もしもしー」
『山本さんですかー?』
男の人みたいな低い声。それは懐かしい響きを持った聞き覚えのある声だった。
「違います」
『モーニング娘。っすよね?吉澤ひとみさんですか?』
「違いますー」
『あのー、後で行きますので待ってて下さい』
セリフまで一緒だよ。
呆れかえる気持ちとは反対に、頬はゆるんだ。

「あいぼん、しつこいし、いくら何でも同じ手には引っ掛からないから。用件ないなら切るよー」
『あーちょっと待った、待って、切らないで』
「なーに?」
『かごもこのネタは古いっていったのに梨華ちゃんが、やれって言うから渋々……ちょっと!あいぼん余計なこと言わないでよー』
電話の向こうで梨華ちゃんの甲高い声が響いた。
「そこに梨華ちゃんいるの?」
『ううん、あんなきしょいのはおらん……今、きしょいって言ったわねー』

雑音がひどくなる受話器をしばらく耳から遠ざけて、その喧騒が静かになるのをまった。

『あれ?よっすぃー?おるー?梨華ちゃんなんていないよ』
「はいはい、わかったから。用件はなに?」
『あんなぁー、ごっちんからの伝言なんだけど。聞きたい?』
「うん、聞きたい」
『んー、よっすぃーがどうしてもって言うんなら教えてあげてもええねんけど』
「それならいいよ、別に。今からごっちんに電話して聞くから。じゃーね…」
『あー、うそうそ。教えるから切らないで。えっとねー…何だっけ?へへ』
「あーいぼーん」
『あ、思い出した。あのね。今度のオフにケーキ食べに来てって、ごっちんが』
「おー。ごっちんのケーキうまいんだよね。ありがと、あいぼん。他に何か言ってた?」
『えっとなー、そん時は可愛いあいぼんとののも一緒に連れてきてね。って言ってたよ』
「うん、わかった」
『やったー!』
「後で、ごっちんにもう一回確認する」
『なんやそれ、ケチやなよっすぃーも。ええやんかー減るもんでもないし』
「いや、あいぼんとののが来たら確実にへるから」
『ちぇっ。よっすぃーも梨華ちゃん並にケチやなぁ、18になるとみんなおばちゃんにな……あーまたおばちゃんて言ったわねー。私も飯田さんみたいに怒るわよ…うっさいわ、今よっすぃーと話してんやから、邪魔しないでよ……私だってよっすぃーと話したいんだか』

入れ代わり聞こえてくる声を眺めるように、手を遠ざけて受話器と見つめ合う。
ゆっくり腕を下ろし受話器がカチャリと音をたてると、静寂が一気に押し寄せてきた。
あいぼんと梨華ちゃんの声が、頭から離れない。
きっと、今でも電話が切れていることにも気付かないで二人して言い争ってるんだろうな。
もしかしたら、隣の部屋の圭ちゃんがあの時みたいに乱入しているかもしれない。
あいぼんは、また寝たふりでもするのかな?
その光景は想像するだけでもおもしろい。
ほんと、みんなおかしいよ…

ケーキを奢ってくれると言ったのの。
バレバレのいたずら電話をかけてきたあいぼんと梨華ちゃん。
中年の部分だったけど、おいしいケーキを買ってきてくれた圭ちゃん。ごっちんの伝言。
私は自分の事ばかりで、みんなに心配ばっかかけてたダメな王様だったみたい。

ベットの上にはみんなからもらったプレゼントが散乱している。それを目にするだけで、あったかくて騒がしい声がどこからかやってきて、私の心を包みこむ。

みんなは、私のことをちゃんと聞いててくれてるんだ…

受話器に置いた手にぽつりと雫が落ちる。
18歳になって初めて感じた温もりは、暖かいだけじゃなかった。


おわり


■ 作者あとがき

(1回目更新後)
えーと、誤字脱字、文字化け等…多目にみてくれぃ。昔に書いたやつの書き直し物で申し訳。
今日中になんとか全部載せるぞー。なげー。

(2回目更新後)
後一回。古いネタものだってeじゃーん。今晩中にまとめちゃる。

(3回目更新後)
ふーおわれた。過ぎてるけどオーバーエージ枠で許してくれ。
辻のれす喋りとか加護の関西弁とか…つっこみどこ満載ですがノリでよろしこ。
短時間でなんとか書けた自分にびっくり。そしてすげー。しかもなげー。

みなさん、お疲れさんでした。ひーたんおめ。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送