『アンブレラ』

名無しひー誕


雨の中、タクシーはテールライトを熱帯魚の尾鰭のようにはためかせながら、 ふたりを運んでいった。走り去る車が雨の切り裂いていく音は、するとさながら 波音のようだ。

ふたりは無言のまま、窓越しに前の車のテールライトを目で追いかける。お互いの目を合わせないように。しかし硝子に移り込んだお互いの姿は気にしながら。
沈黙は不快ではない。寧ろ、いまはそれを望んでいる。

『このまま、ずっと着かなければいいのに。』飯田は願う。
『このまま、どこか遠くにいってしまえればいいのに。』吉澤は考える。

言ってしまえば、本当に逃げ出してしまう。たぶん、二人で手と手を繋いでいれば、それだけで世界は完璧だから。そのままあてもなく走り出してしまうだろう。世界が醜いとか歪んでいるとか、そんな風に感じているわけではない。
仕事も苦しいこともあるが、概ね楽しくやれている。いや、こんなに幸福なことは他に何もないだろう。わかっている。そんなことわかっている。だから、口には出さずにいるのだ。ボニーとクライドになるなんて、そんなのは今時流行りはしない。

沈黙を打ち破って、無情にもマンションの前にたどり着いた。
飯田はタクシーから降りると、吉澤がウインドウを開けるのももどかしく
「…じゃあ、よっすぃー。また明日。ね」
と、精一杯の笑顔をつくって言葉をひねり出した。

『泊まっていきなよ』との一言がいえないまま。

また沈黙。

雨粒が車内に入り込む。
そして、吉澤はゆっくりと両手を伸ばし、窓から身を乗り出した。

飯田の手を離れた傘が、歩道に舞った。


おわり


■ 作者あとがき

いじょ。初めて娘。小説書いてみただす。
はずかちー。

ひーおめってことで、お目汚しはご寛恕のほど。
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