『C無法者の詩』

姫子


矢口は新聞の隅に、その小さな記事を見つけた。
四角く切り取られた、白黒の小さな写真。
その中で彼女は、天使のように笑ってた。

偶発事故。
不良少女が物騒な繁華街の裏通りで背中から撃たれた。
犯人は捕まっていない。

ヨシザワヒトミ、16歳。
少女は即死。

誰も何にもわかっちゃいない。
矢口は彼女のために、ほんの少し泣いた。

父親の仕事の都合でこの国へ。
言葉も上手く喋れない矢口には、この街も学校も少しもなじめなかった。
退屈で孤独な毎日。
うっかり迷い込んでしまった治安の悪いストリート。
そこで初めて彼女に会った。

日本にいても学校中で一番小さかった矢口は、この国では殆ど小人のようなもの。
それがコンプレックスで、この国の大きな人たちが怖かった。
そんな大男達に囲まれて、口笛を吹かれ、笑われて、でも何を言われてるのかすら分からなくて。
半泣きになっていた矢口を助けてくれた。

「アンタも日本人?あたしヨシザワ。よろしく」
そう言って無邪気に笑う、背の高い少女。
矢口の、この国で初めてできた友達。
それから矢口と彼女は、その危ない通りで遊ぶようになった。

彼女が、どうしてこの国に来て、誰とどこで暮らしているのかも知らなかった。
でも彼女といると楽しかった。

そのストリートでは、彼女は嫌われていた。
「ファッキンクレイジージャップ」そう呼ばれて。
一度、裏通りの袋小路でジャンキーの男を殴りつけている彼女を見たことがある。
血まみれの男、そいつが気を失っても、彼女は力任せに殴り続けていた。

彼女はいつもお金を持っていなかった。
ポケットの中には小銭だけ。
自分より若い娼婦の少女にたかって奢らせたり、おのぼりさんのツーリストを騙して小金を巻き上げたり。
そう彼女は、この法のないストリートでも一番の無法者。

でも、矢口にとっては、気のいいただの友達。
会えば無邪気な顔で笑いかけて、おどけてふざけて、沈んだ矢口を笑わせてくれた。
そう、彼女はいつも笑ってた。
子供みたいに、天使みたいに。
ただ、彼女はカウボーイスターに憧れてただけ。

無法者。
乱暴で、無茶苦茶なことばかりして。

でも彼女は何者にも囚われていなかった。
自分だけのルールにしたがって生きてたんだ。
誰にも媚びず。
誰にも頼らず。

そんな生き方しか出来なかった彼女。
この街では生きていく方が難しかった。

矢口は少し泣いた後、彼女が撃たれた通りに出掛けた。
彼女が好きだと言ったサンダンス・キッドの写真を持って。

彼女が命を落としたその場所は。
彼女が横たわった形にチョークの白い線。
アスファルトはまだどす黒く、血に塗られている。
それも、この通りでは珍しくないシーン。

そしてその上を。
彼女の血の上を、無数の足音が過ぎていく。

貧しきプエトリコの親子、ジャンキーのカップル、junior highの少女達、浮浪者、セールスマン、不良少年、―――老若男女黒人白人エイジアン誰も彼も誰も彼も。

でも、誰も彼女のことを知りはしない。
彼女の本当を知っちゃいない。
きっと、これからも毎朝毎晩同じ日が過ぎていくだけ。
まるで何もなかったかのように。

矢口は彼女の血の染みの上に、そっとその写真を置いた。

それでも彼女は矢口の中で踊り続ける。
あの無邪気な笑顔で。
あの自由な目で。

踊れ踊れ踊れ踊れ。
踊れ踊れ踊れ踊れ。

愛しき無法者よ。
いつまでもこの馬鹿げた街の中。
野次馬の偽善者達の中。

すべてを笑い飛ばすように、踊り続けておくれ。


おわり


■ 作者あとがき

終りー。

誕生日なのに殺しちゃってごめんね。ひーちゃん。
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