LOOSE GAME 03-9
あれから、あたしはずっと感じてる。
あの人のぬくもりを。
匂いを。
優しく響く声を。
これはあたしが望んだ結末じゃない。
でも、仕方なくやってきたわけでもない。
泣き叫び、怒りに震え、打ちのめされ。
それでも自分で選んできた道だから。
それだけは間違いないから。
それに、ここがゴールじゃない。
これから始まるんだ。
やっと、スタートなんだ。
あたしの、LOOSE GAME。
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結局、それからあたしはそのままホテル暮らしを続けることになった。
あたしと父さんは分かり合うことができなかった。
父さんが事務所の力を借りて新しい仕事をはじめるという話。
それは半分は事務所の策略で。
でも半分は父さん自身の希望だった。
今も、あの時の父さんの言葉が耳から離れない。
あたしは父親の弱さを受け入れられるほど、まだ大人じゃない。
「自分が一生かかっても稼げるかどうかわからない金を、たった数年で娘に稼がれた父親の気持ちが、お前に分かるかっ!!」
悲しかった、悔しかった。
あたしはそんなつもりで働いてきたわけじゃない。
みんな応援してくれてると思ってた。
それに許せなかった。
お金なんて関係ない。
お父さんはお父さんなのに。
あたしを傷つけても、父親のプライドを、男のプライドを守ろうとする態度に。
お金なんてどうでもよかったのに。
平行線のままの怒鳴り合い。
「お前は結局何でも途中で放り出すんだ。バレーも、あれほど反対したのに越境入学までして、そのくせなんだかんだと理由をつけてさっさと辞めて。こんどはモーニング娘。も自分の思い通りにならないからって逃げ出すのか?本当は遊びたいだけなんだろう?そんな不良みたいなカッコして、夜中に遊びまわってる方が仕事より楽しいだけなんだろ!」
「てめーに何が分かるって言うんだよっ!!」
泣きながら怒鳴り返して。
あたしの入れない「あんたの家庭」の為に、あたしがどんなにつらい思いしたか知らないくせに。
そう言おうと思って。
言えなかった。
だって、そこにお母さんがいたから。
それを言ったら、お母さんが傷つく。
あたしは家を棄てる決心をした。
あたしのせいでぐしゃぐしゃになってしまうのなら。
あたしがいなければ元の家庭に戻れるのなら。
それに、あたしは一人でも生きて行ける。
大好きな家だったけど。
お母さんを泣かせるのはつらかったけど。
弟達は可愛かったけど。
でも、お父さんは。
唯一の、あたしの、本当の家族だから。
お父さんは知らないから。
あの事務所が、あそこの人間がどんなに腐ってるか。
だから、お父さんをあそこに近づけたくなかったし。
あたしがいなくなれば、元のお父さんに戻れるのなら。
分かってもらえないことに、すごく頭にきてたし、傷付いてたけど。
お父さんを守りたかった。
「こんなとこ出てってやる!!」
『この家が大好きだから』
言えない言葉を胸に、泣きながら荷物をまとめていると、背後からお母さんの声がした。
「どうしても、行くの?」
お母さんは泣いてた。
あたしは、無理矢理笑顔を作った。
「事務所がホテルとってくれてるから。娘。辞めるまで、そこで頭冷やしてくるだけだから、心配しないで」
本当はもう帰らない。
あたしはもう18だし。
ここにはあたしの居場所はない。
「お父さんが会社作る話、進めないように見張っててね。あたし、辞めるから、もうその話は無くなるとは思うけど。お父さんが今の会社、辞めたりしないように」
「お父さんの問題は、お父さんの問題だから。ひとみが責任を感じることはないのよ?それは母さんがなんとかするから。ひとみは、何がどうなっても家にいて欲しい」
そんな、強くて優しいお母さんだから。
あたしがいない方がいいって思うんじゃんか。
「お父さんのことだけじゃないよ。あたしもう18だし。一人になっていろいろ考えたいんだ。別に2度と帰ってこないわけじゃないし。そろそろ大人になんないと、あたし」
お母さんがあたしの背中に抱きついた。
お母さんより大きくなったのはいつだったっけ。
「いつでも、帰ってきてね。待ってるから」
それだけしか言えなくて、お母さんは泣いてた。
あたしも、ちょっと泣いた。
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そう言えば、結局あたしはどこにいてもほんの少しはみ出し者だったね。
家の中でも。
いつも自分の居場所を探してうろうろしてた。
お父さんとお母さんと弟達。
その本当の家族に入りきれなくて。
あたしだけはみ出し者だって誰も気づかないようにって、心のどこかでいつもはらはらしてた。
娘。にいても。
どこか冷めた自分がいて。
みんなみたいに全部に一生懸命になれなくて。
気がつくと、大好きなはずのみんなを、冷静に観察してる自分がいて。
可愛くて一生懸命なみんなの中に、あたしみたいな人間がいること、場違いだと思ってた。
歌も、ダンスも。
ダメ出しされるほど下手じゃないけど、褒められるほど上手じゃないことも分かってた。
すべてが中途半端だってこと。
どこに行けば。
あたしの。
あたしだけの場所があるんだろうね。
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事務所が提示してきた条件は。
「つんくさんの精神状態についてメンバー含め誰にも口外しないこと」
「事務所からOKが出るまで脱退することをメンバーに言わないこと」
「脱退の理由について述べないこと」
この3点だった。
あたしは承諾した。
これ以上娘。に居続けることも、莫大な違約金を払うこともできないから。
ミュージカルの千秋楽にフジの27時間テレビの仕事が入ってる。
その次の日が記者会見に決まった。
卒コンもなし。
でも、それはそれであたしらしいのかも知れない。
残り1ヶ月の娘。としての生活を、あたしは目一杯楽しんだ。
ボロボロのあたしだけど。
この仲間達と出会えたことだけは大切にしたかった。
みんなを裏切るみたいな形でしか終えることができなかったけど。
本当のこと、何一つ話せなかったけど。
あたしは1日1日を楽しんだ。
大好きだったけど、だけどとても息苦しかった場所。
モーニング娘。
ここから追い出されることはあたしにとっては悪夢だったし。
でも、ここから抜け出ることはあたしの夢だった。
そんな自分でもよく分からない相反する場所だった。
そして、ここから。
あたしという人間が消えることになって。
夢がかなったような。
それでいて何かに裏切られたような複雑な気分で。
そんな自分が今、感じているのは。
ただひとつ。
これから先への自由への夢や希望でもなく。
寂しさや悲しさでもなく。
ただの喪失感。
今まであたしの、愛してて憎んでもいたけど。
でもあたしの全てだった。
それをなくしてしまうことへの喪失感。
それだけだった。
もう何も分からない。
娘。じゃないあたしはどんなだった?
娘。になる前はどんな風に生きてた?
そして、これからどんな風に生きていくの?
何も分からない、思い出せない。
本当に明日がくるのかもわからない。
あたしは、全てをなくしてしまう。
今まで築き上げてきたものも。
あたし自身も。
娘。じゃないあたしなんて、あたしが一番想像できないよ。
そのときのあたしは。
本当に。
寂しくておかしくなっちゃうほど、一人ぼっちだった。
でも、どうすることも出来なかった。
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「最近の、よっすぃー。ちょっと変」
梨華ちゃんはあたしの目を避けてるみたいに、俯いてそう言った。
「そうかな?」
「そうだよ。何か、変に明るくて……」
梨華ちゃんのドン臭いくせに、やたらと人のこと、よく気がつくところ、嫌いだった。
うそ、本当はそういうとこすごく好きだった。
「そのくせ、変に、目がぎらぎらしてて」
「何だよ、ギラギラって」
でも、だからあたしは、ときどき梨華ちゃんに苦しい嘘をつかなきゃいけなくなって。ちょっとときどきつらかったり。
「何かあったの?」
「ってゆーか、梨華ちゃんが何を言いたいのかよくわかんねーよ」
「私もよくわかんない」
「何それ?」
「だって不安なんだもん」
梨華ちゃんの目に涙が盛り上がるのが見えて。
唇をとがらせて、勝気で意地っ張りの顔をしてみせる。
お願いやめて。
あたしの決心をゆるがせないで。
「何言ってのさ」
「どっか、いっちゃわないよね?」
必死の目が痛い。
そうだよ。
あたしは梨華ちゃんも。
あいぼんもののも。
娘。のみんな。
裏切って。
何にも言わず辞めるんだ。
ここから居なくなるんだ。
「何ソレ?」
「ごめん。でも……」
本当は言いたい。
あたしが泣きたい。
泣いて梨華ちゃんに謝りたい。
『ごめんね、ごめんね。ずっと一緒にいられなくてごめんね。いっぱい意地悪したり、困らせたり、怒らせたりしたけど。あたし梨華ちゃんのことすごくすごくソンケーしてたし。ずっとずっと大好きだから。あたしは辞めちゃうけど、これからも娘。で、頑張って。ずっとずっと応援してるよ』
「梨華ちゃん何か、変な電波出てんじゃない?それともあたしに辞めろっていうこと?」
「そんなこと!!」
梨華ちゃんの悲鳴のような声。
そしてあたしの心も悲鳴を上げる。
「どこにも行かないよ。っていうかどこにも行き場所もないしね」
あたしは大切な人に、嘘をつく。
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赤ちゃんみたいな柔らかい肌のあいぼんを抱っこするのが好きだった。
この感触も後何日?
誰よりも傷つきやすくて。
誰よりも甘えんぼで。
誰よりも少女で。
でも誰よりも頭のいいあいぼん。
器用なクセに不器用で、みんながすんなり進む道を、あちこち体当たりしないと進めないあいぼん。
その度にあたしの腕に甘えて。
みんなが思っているより大人で、自分が思っているよりずっと子供のあいぼん。
あたしのこと。
本当は。
本当に。
白馬に乗った王子サマだって思ってるのかもしれない。
でも、そう思われるのも悪い気はしなかった。
守ってあげたいって思ってた。
寂しがり屋のあいぼん。
あたしがいなくなったらどうする?
どうなる?
何もかも計算できるくせに。
自分の娘。の中での地位を守ること。
今よりもっと上に行くこと。
ちゃんと知ってるくせに。
一人では闘えないあいぼんに、安全パイとしてそばにいてやれる人間があたし以外にいるんだろうか。
自分を脅かさない人間しか傍に置けない。
純粋なクセに歪んだあいぼんのこと。
だからこそ、誰にも無い魅力を持ってるあいぼんのことも。
あたしは裏切っておいていくんだね。
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それはあたしの最後の日。
娘。である吉澤ひとみの最後の日。
あたしは誰とも目を合わせることが出来なかった。
あたしは全てを棄てていく。
一番大切だったもの全てを。
一番大切な彼女達を。
もう戻ることはできない。
そしてきっと許されることも無いだろう。
あたしが、突然消えること。
彼女達は、あたしが記者会見を受けているのと同じ頃、初めて聞かされる。
あたしも、彼女達も。
別れの挨拶さえ出来ない。
こんなに愛してたのに。
こんなに愛されてたのに。
ごめんね。
ごめんね。
ごめんなさい。
でも、それでよかったのかも。
ずっとはみ出しモノだったあたしにはそんな別れ方がお似合いなのかもしれないし。
それにあたしは。
あたしの本当の涙を。
別れの悲しみを。
薄っぺらい電波にのせて、日本全国のブラウン管の中に晒されるのなんて真っぴらだったし。
そんなことのために、あたしは涙を流すんじゃない。
今までだって。
誰かを送り出す涙。
誰かに見せる為に流したんじゃない。
だから。
こういう風に別れること。
案外あたしらしいのかもしれないね。
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「よっすぃー!」
最後の、娘。の楽屋を出る瞬間。
あたしの名前を呼んだ声は。
「んだよ?」
振りかえってぶつかる。
真っ直ぐなのののひとみ。
小川と新垣と、何の話をしてたのか。
3人、くっつけた頭をあたしの方に向けて、顔はいつもの天使みたいな笑顔で。
そのくせ、何だか。
目だけが痛いくらい真剣に。
まるであたしに穴を開けようとしてるみたいに。
あたしのこと見てたの。
はっきりと頭の中に残ってる。
「よっすぃーは、どんなでも、よっすぃーだよ」
一言。
でも、がやがやとざわつく楽屋の中。
その言葉だけはっきりとあたしの耳に届いた。
それは直接あたしの脳からどこにあるのかわからないけど、でもどっかにあるあたしの心に届いて、揺さぶり、軋ませた。
「何の話だよ」
必死に搾り出した言葉は、我ながら、薄っぺらくて嘘っぽくて情けなかった。
どうしてあの時。
本当のことが言えなかった?
「何でもないぃー」
「変なヤツ」
蕩けそうな笑顔をあたしに向けてののは答える。
どんなでも、あたしはあたし。
自分自身をなくそうとしているあたしに、その言葉は強く、強く響いた。
多分、この先もずっと、あたしはこの言葉に助けられる。
「んじゃねぇ〜。また明日ぁ〜」
ののの気の抜けたようなような声に押し出されて。
あたしは、一瞬、楽屋の風景を目に留めて。
そして最後のドアを閉める。
けたけたと高い声で笑う安倍さん。
静かにどこか遠くを見てるかおりん。
楽しそうに何かを話してる矢口さんと梨華ちゃん。
くっついてケイタイの覗きっこをしてるあいぼんと高橋。
必死にお菓子を口に詰め込んでいる紺野。
頭をくっつけて何かの悪だくみに興じるののと小川と新垣。
まだ楽屋の隅で小さくなっている6期メン。
そしているはずのない。
だるそうにタバコをふかす中澤さんや、ウォークマンの音楽にあわせて踊りだす圭ちゃんや、テーブルに突っ伏して眠っているごっちんの姿も、見えたような気がした。
今まで、当たり前で。
そして、あたしもいたはずの風景。
あたしはそれを目に焼き付ける。
だって、明日から。
そこにあたしはいないから。
窮屈だったけど。
憎んでいたけど。
最後のドアを閉める前に、初めて分かる。
ちゃんとあたしの中で形になる。
やっぱりあたしは、何よりも娘。を愛してた。
ここにいるみんなを愛してた。
何も、残すことも伝えることも出来なかったけど。
心の中で繰り返し言う。
あたしが言わなければいけなかった言葉は。
ごめんなさいでもさようならでもない。
伝わらなくても。
心の中で叫ぼう。
何度も、何度も。
『ありがとう』
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目の前で焚かれる何百というフラッシュ。
口々に浴びせられるいくつもの質問。
前日に事務所から渡された原稿は一度も目を通さずに棄てたから、なんて書いてあったのかも知らない。
勉学に専念?
健康上の理由?
どうだっていい。
分かってることは、何が書かれていたとしてもそれは反吐が出そうな嘘っぱちだったってこと。
緊張はしなかった。
悲しくもなかった。
今まで大人数の後ろに隠れてあたしが、たったひとりで何百というカメラの前に立たされても、ちっとも怖くなんてなかった。
「くそったれ!」
そう思ってた。
好きなようにすればいい。
どうせ、あたしが何を言ったって、奴等は自分が理解したいようにしか理解しないのは分かってたし。
あたしが理解して欲しかったのは、あたしが愛している人たちだけだったから。
追い出されて辞めるわけじゃない。
しょうがなく選んだ道じゃない。
あたしは自分の意思でここに立ってるんだ。
全て、自分で選んで。
愛している全てを棄てることさえ、選んで。
卒業会見で涙のひとつも見せずに、可愛げの無い表情で、オウムみたいにただひとつの言葉を繰り返すあたし。
「モーニング娘。は大好きです。でも自分の道を進むために卒業します」
嘘は、もう、つかない。
何一つ嘘は言っていない。
ここまで、あたしは闘ってきた。
しんどいことばっかで、つらいことばっかで、涙ばっかりで。
でも、あたしは闘ってきた。
何一つ、手に入れることは出来なかったけど。
勝ちも負けもないのかもしれない闘いだったけど。
それだけしか、あたしには残ってない。
ただ、闘ったという。
その事実。
そして、これがゴールじゃない。
多分、これがはじまりなんだと思う。
自分に、闘う力、まだ残ってるのかどうかすらわからないけど。
ただ、これはあたしが望んだ道なんだ。
少なくとも今。
あたしは傷だらけだし、ボロボロだけど。
でも、まだ倒れてはいない。
まだ、信じるものもある。
追いかけるものもある。
あたしはしかたなくやってきたんじゃない。
望んで、ここに来たんだ。
まだ、多分始まったばかりの。
あたしのLOOSE GAMEに。
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事務所が用意してくれた、あたしの仮住まいのこのホテルの部屋も、夜が明けたら出て行かなくてはいけない。
白い天井を眺めてぼんやり考える。
どこにもいく場所はない。
だれもあたしを待っている人もいない。
あたしは本当に一人で。
本当にゼロだった。
何も無い。
何も持っていない。
ここからはじめよう。
あたしはベットから立ち上がりバスルームに向かった。
洗面台に放り出してあるメイク用のポーチから眉用の小さな鋏を出す。
鏡に映った、生気の無い青白い顔をした自分を見つめる。
もうモーニング娘。ではなくなったあたし。
特別ではないあたし。
でも、あたしだけのあたし。
あたしはこの小さな鋏で切れそうなだけの髪の束を指先でつまんで、鋏を入れた。
ジャリ。
小気味のいい音とともに黄色に脱色した髪がバスルームの床にはらはらと落ちた。
ジャリ、ジャリ、ジャリ。
あたしはどんどん鋏を入れた。
顔に肩に床に、黄色い髪が舞っている。
鏡に映ったあたしは滑稽なほどザンバラ頭になっていく。
でも構わない。
どんな頭になったっていい。
特別じゃないあたし。
でも、あたしは自由だ。
床に髪の山ができて、あたしの頭は軽くなった。
長かったり短かったり、出来上がった頭をがしがしとかき回した。
梨華ちゃんが見たらびっくりして、そんで、怒るだろうな。「勝手なことして!」って。
あいぼんは大喜びするだろうな。よっすぃーおもしろいって。
そんで、ののが絶対真似するって言い出して―――。
あたしは体を二つ折れにした。
洗面台にすがるようにつかまって。
泣いた。
もう、このあたしの頭を彼女達が見ることは無いんだ。
もう、彼女達に会えないんだ。
あたしは自由で。
あたしはひとりぼっちだ。
あたしはバスルームで、声を上げて泣き続けた。
涙が、声が。
弱いあたしが枯れるまで。
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いつのまにベッドにもぐりこんだのか、短い眠りから目が覚めて。
カーテンを閉めた窓からは朝の日差しが漏れていた。
もうモーニング娘。の吉澤ひとみはどこにもいない。
今まであたしだと思ってたあたしもいないのかもしれない。
家にはもう帰らない。
モーニング娘。にももう帰れない。
あたしが帰る場所はどこにもなく、あたしが行くべき場所もまだ見えない。
たったひとつ。
全てを無くしたあたしが手に入れたものは。
「くそったれ」
そうつぶやいてこぶしを固める自分自身。
それだけが全て。
ゼロのあたしのそれが全て。
倒れはしない。
痛む心を抱えても。
後戻りはしない。
無くした物に泣いても。
あたしはどんなでもあたし。
明日、踏み出す一歩に道はなくても。
仕方なくやってきたんじゃない。
望んで来たんだ。
自分の足で一歩を踏み出すために。
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おわり
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