HCRUSH ON YOU(by「NAPALM ROCK」)


二人が出会ったのは、病院の屋上だった。
秋の抜けるような晴天。
吹き抜ける風も心地よい、気持ちのいい午後。

少年はつまらないケンカで腕を骨折して。
少女はつまらない毎日に手首を切って。

生まれも育ちも違う二人。
少年は九州の貧しい片田舎で生まれ、家出同然に、ありもしない「何か」を求めて東京にやってきた。
少女は埼玉の愛ある家庭ですくすく育ち、運命のいたずらか国民的アイドルグループの一員。

物干し竿に干された真っ白いシーツがはたはたと風になびいている。
少年はその絶え間ない風のいたずらをぼんやり眺めながら、屋上の手すりにもたれ、地べたに座り込んでタバコをふかしていた。
病院の陰気臭い空気と消毒の匂いが昔から苦手だった。

シーツの影に人影が見えた。
一瞬小うるさい看護婦が自分のことを探しに来たのかと、眉をひそめる。
だけど、はためく白いシーツの隙間、まるでコマ送りのフィルムのように細切れに見えるその人影はブルーのパジャマを着た、背の高い女の子だった。

彼女は、まるで幽霊のようにこちらに近づいてくる。
何もうつさない虚ろな目で。
少年の存在にも気づいていないよう。

とても綺麗な顔をしている。
真っ白い肌と大きな目、さらさらの茶色い髪。
どこかで見たことがあるような気がする。
少年は記憶を辿る。
おかしいな、こんなイイオンナ一度見たら忘れるはずがないよなぁ。

少女は少年と10メートルほど離れた手すりまでふらふらと歩いてきて。
そのままふわりと手すりに体重をかける。
風に吹かれる少女の横顔は、まるで芸術品みたいに綺麗だったけど、でも、何だかとても虚ろで本当に作り物みたいだった。

こんなに綺麗なのに、こんなに死んでるみたいなんて。
少年は悔しいような勿体ないような、そんな気分になって、気がついたら少女に声をかけていた。

「おい、飛び降りる気かよ?」

何でそんなことを言ったのだろう。
とにかく、少女の気が引きたかっただけだった。
少女は、初めてそこに人がいることに気づいたように、大きく息を呑んだ。
大きな怯えた目で、じっと少年のことを見ている。
その少女の、手すりを掴む手、その手首に巻かれた包帯を見て、少年は自分のセリフがシャレにならなかったことに気づいた。
まずい、ヤバイのに声かけちゃったかな。

「じょ、冗談だよ」
それでも少女はじっと少年のことを見ている。
「まぁ、なんつーか、あれだ。いい天気だな」
取り繕うように、とりあえず言ってみる。

そうしたら、少女が、笑った。

「何それ?」

可笑しそうにクスクス笑いながらそう言う。
急に、少女の目に生気が戻った。
少年は照れて、頭を掻いた。

「んだよ」
「だって、飛び降りるのかって聞いた後に、いい天気だな、って」

少女はくるりと手すりに背を向けて少年に向き直った。
「飛び降りてもいいかなって思ったけど。おもしろかったからやめとく」
「何だよ、そっちこそ」

少女は答えずに微笑む。
天使のように。
一瞬、風が止まったように感じた。
少年はいともたやすく、心を奪われた。

それから、すぐにバタバタという騒がしい足音が聞こえた。
「吉澤っ!」
大きな声が少女を呼び、スーツ姿の男が二人、少女のもとに走りよってきた。
有無を言わさず少女の腕を掴む。

「外の空気、吸いに来ただけだよ」

憮然とした声で少女が言う。
男たちはそんな少女の言葉など聞こえていないかのように、少女を引きずり病院の中に連れ戻そうとする。
男たちに挟まれ両腕を掴まれた少女は、諦めたようにしばらく歩いてから、ふいに少年の方に振り返った。

「あ・り・が・と・う」

唇の動きだけで少年に言う。
そして少女の姿は少年の視界から消えた。

たったそれだけのこと。
でも、もう誰がなんと言っても手遅れなんだ。

二人は恋に落ちた。
危ない賭けのような恋。

それが全ての始まり。
それが破滅への道だったとしても。

それが本当の恋の始まりだった。


おわり


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