BLET'S GO GARAGE(by「LOOK OUT」)


窓にカツンと何か当たる音。
ベットに寝転んで雑誌をめくっていたひとみは、立ち上がって窓のそばに歩み寄った。
ひらひらのレースのカーテンを細く開いて窓の下を見ると。

幼馴染の少女がふたり、バカ丸出しの笑顔でこちらに手を振っている。
同じような体つき、同じおだんごあたまにおそろいの白いTシャツとオーバーオール。

ひとみがそっと窓を開けると、ふたりの少女、亜依と希美は大きな口パクで、声は出さずに、ひとみにこう叫ぶ。

「遊びに行こうゼ!」

ひとみは一度窓を閉めると、ピンクのパジャマを脱ぎ捨てて、ぶかぶかのカーゴパンツを穿いて、お気に入りのぶかぶかの黒いトレーナーを着る。枕の下からチェーンのついた財布と潰れたタバコの箱を取り出してパンツのポケットに押し込む。

ベッドの下に隠したラバーソールを手に持って、もう一度、音を立てないようにそっと窓を開ける。
ゆっくり屋根に出てラバーソールを亜依と希美に投げる。
いつものこと、ナイスキャッチ。
そしてひとみは電柱をつたって一瞬のうちに亜依と希美のそばに降り立った。
ふたりから、片方づつのラバーソールを受け取って、穿く。

「いつもながら、お見事」
「っていうか、ピンクのパジャマだって、だっせ」

自分より頭ひとつ小さいふたりの首根っこを掴む。
「うるせーよ。ばばぁが買ってくんだから仕方ねーだろ」

3人はつつき合い、ふざけながら歩き出した。

いつものバーガーショップの通りまで来て、ひとみは亜依と希美の頬がそろって赤く腫れているの気づいた。
「またアイツに殴られたのかよ?」

亜依と希美は二卵性の双子。
親父はこの町きっての飲んだくれで、母親はこの町一のスキモノホステス。
家族を養うために町中の男をくわえ込む母親と、それを許せない、働かないのにプライドだけは高いクズの見本のような父親のしわ寄せは、全てふたりの少女の上に。

「いつかアイツらふたりともブチ殺して」
「こんなクソみたいなとこ出てってやる」

その可愛らしい風貌と子供っぽい高い声に似合わぬセリフ。
でもこれがいつもふたりの口癖。

3人はバーガーショップに入って、くだらないお喋りに興じる。
頭空っぽの派手な格好をしたクラスメートが男とデートしているのを見つけては口笛を吹き、はやし立て、3人の気を引こうと子供じみた合図を送ってくる男の子達には中指を立てて見せる。

ひとみはいっぱしの気分で、ポケットに突っ込んだくしゃくしゃのタバコを取り出して、めいっぱいカッコつけて火をつける。

「市長サマの娘がタバコなんて吸っちゃって」
「親父なんてクソ食らえさ」

ひとみの父親はこの街の市長。
いい市長なのか悪い市長なのかそんなことは知りゃしない。
ひとみに分かるのはちっとも家にいない悪い父親ってことだけだ。
そんな父親に母親はひとみだけを溺愛する。
ピンクのひらひらの部屋に住まわせて、ピンクのひらひらを着せて、可愛らしく微笑んでいて欲しがる。
母親の愛しているのはひとみというお人形。

タバコなんておいしくない。
本当の自分を理解して欲しい。

くだらないお喋りも、たわいのないおふざけも、ふいに途切れて、3人はすこし黙り込む。
やり場のない気持ちをどこかにぶつけたい。

「行こうよ」
希美が言う。
「行こうか」
亜依が言う。
「うん、行こう」
ひとみが言う。

3人はバーガーショップを出て、外れの町から、あのいつもの場所へ。

「置いてくと、後でうるせーから。梨華ちゃんも連れてってやろうぜ」
ひとみが少しめんどくさそうに言った。

長屋を思わせるような、何軒もの世帯がつらなった平屋の市営住宅。
街一番の貧乏人たちが住む家。
どの家の玄関前も荒れ放題で、雑草が生い茂り不要になった粗大ゴミが投げ出され色あせたり錆びたり。みすぼらしい雰囲気を一層助長している。
その中で、唯一綺麗に雑草が刈り込まれ、小さな可愛らしい花の植木鉢まで並べられている家。
それが梨華の家。

3人は家の前で声を揃えて呼びかける。
「りーかーちゃん。あーそーぼー」
貧乏臭いブルーに塗られた薄いドアが開いて、いつもちょっと困り顔に見えるハの字眉の少女が顔を出す。
「あそぼーぜぇ」
ひとみが言う。
ひとみの後ろから亜依と希美が顔を出す。
「おばちゃーんこんばんわー」
「おばちゃーん具合どぉお?」

家の奥から梨華とよく似た、でも生気のない青白い顔をした梨華の母が顔を出す。
「あらあら、ひとみちゃんに亜依ちゃんに希美ちゃん、いらっしゃい」
「梨華ちゃん連れてっていい?」
ひとみが梨華の母親に尋ねる。
「ええ、ええ。いってらっしゃい」

すでに、亜依と希美に手を引っ張られている梨華は心配そうに母親の顔を振り返って見た。
「ママ、ちゃんとお薬飲まなきゃだめよ」
「はいはい。いってらっしゃい」

4人は夜の通りを歩き始めた。
「もう、いっつも突然なんだからっ」
ちょっと唇を尖らせて梨華が言う。
「イヤだったら、来なくてもよかったのに」
「そんなこと言ってないでしょ?」

4人はバス停に立つ。
あの場所に向かう最終バスを待つ。

「梨華ちゃん、高校行かないってホント?」
亜依がぽつりと尋ねた。
「うん。やっぱりママの具合あんまりよくないし。私が働かないと」

4人の中では一番勉強の好きな梨華なのに。
早くに父親を亡くして、梨華の母親は女手ひとつで梨華を育てた。
そんな母親が倒れたのは1年前。
元から裕福とは言えなかった梨華の家は、今貧窮を極めていた。

「大丈夫。ママとふたりで。がんばってくもん」

頼りない梨華の、細い肩にのしかかる生活という名の重荷。
それを背負って歩くにはまだ幼い梨華。

4人の前にバスが止まる。
4人はそれぞれの痛い現実を抱えてバスに乗り込む。

さぁ、あの古ぼけたガレージへ。
さぁ、地下室へ乗り込もう。

バスを降りた4人は。
誰からともなく走り始めた。
ふざけあい、大声で笑いながら、寝静まったビルの隙間を駆け抜ける。

次の角を曲がれば。
聞こえてくるのはクレイジーロック。
全てを忘れさせてくれるガレージロック。

息を切らした4人は、そのガレージの地下への階段を駆け下りる。
我先に、重い扉を開ける。

とたんに耳をつんざくような爆音が、4人を包む。

ガレージの中は、でんと構えたドラムセット、いくつものボロボロの黒いアンプ、マイクスタンド、床の上に縦横に走る何本ものケーブル。
すえたビールの匂いとタバコの煙。

少女たちの憧れの5人のロッカー。

そして、音、音、音。

汗を飛ばして力任せにビートを刻む圭のドラム。
無表情にクールに太い絃を弾く長身美貌の圭織のベース。
それとは反対に小さな体を跳ねさせて派手にかき鳴らす真理のギター。
陰と陽、全くの違うカラーをひとつに合わせたなつみと真希のツインボーカル。

5人の紡ぐ無敵のロックが、4人の少女の壊れかけたハートを強く揺さぶる。

嫌なことは山ほどある。
現実に押しつぶされそうな4人の少女。
それでも、これがあれば、今夜全てを忘れられる。

少女達は音に包まれて、夢を見る。

私もいつかこれを手に入れてやる。
いつか彼女達のところまで行ってやる。

それまでは、さぁ、4人で駆け出そう。

神様だって、ほんの少しの幸運は与えてくれる。
亜依には希美、希美には亜依というお互いの半分を与えてくれた。
貧しき梨華には余りある母親の愛を。
そして、ひとみには最高の仲間を。

それでも耐えられない夜は、今夜のように駆け出せばいい。

さぁ、あの古ぼけたガレージへ。
さぁ、地下室へ乗り込もう。

ガレージロックを手に入れるんだ。


おわり


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