LTRUST ME(by「TRUST ME TRUST YOU」)


里沙の手を握って走った。
真っ暗な闇の中、息が切れて足がもつれて。
それでも全力で走った。
アイツらに捕まったら、また殴られる。
虫けらみたいにボコボコにされる。
そして、あたしと里沙は離れ離れにされてしまう。
無我夢中で、走った。

「―――っちゃん。まこっちゃんっ」

呼ばれて目が覚めた。
里沙のてかてかのおでこが心配そうにあたしの顔を覗き込んでた。
夢だったのか。
「すごい、うなされてたよ」
「うん、あのときの夢、見てた」
あたしは体を起こして……寒い。
ぶるっと震えた。
火の気のない、廃墟。
ガラスの割れた窓から差し込む外灯の薄明かりを頼りに里沙を見た。
里沙は頬を赤く上気させていた。
「はい、これ」
あたしのお腹の上に、菓子パンをふたつ投げた。
「ぱちってきた。まこっちゃん疲れてるみたいだったし」
そう言ってニコニコ笑う。
あたしよりひとつ年下だけど。
あたしよりすばしっこくて根性が据わってて、元気。
「食べたらちょっとはあったかくなるよ」

あたしも里沙も親の顔を知らない。
二人とも物心ついたときには施設にいた。
ひどいところだった。
ろくな食べ物も与えられなくて飢えた目をした子供たちでぎゅうぎゅう詰めの部屋。
絶え間なく起こる揉め事と泣き声。
暴力で全てを支配する、「先生」と呼ばれる大人たち。
あたしと里沙はそこで肩を寄せ合うようにして大きくなった。

そしてあたしは知った。
施設にいられるのは15歳まで。
15になれば施設を出て、働きながら職業訓練学校に通うことになっていた。
あたしはもうじき15で。
施設を出たらがんばって働いて、里沙を迎えにくるつもりだった。
二人で、貧しくても暮らしていければいいって。

でもそれは表向きの話で。
施設の園長は、街のファミリーのボスと裏で繋がってて。
15になった女の子は自動的に体を売る店に連れて行かれることになっていたこと。
そこでボロボロになるまで働かされ使い棄てられる。
園長はあたし達を売るために、育ててていたんだ。
ヘンゼルとグレーテルの魔法使いのようなもの。

どこまで行っても、あたし達に明るい未来なんてなかったんだ。

そのことを知った夜。
あたしは里沙とここを逃げる決心をした。

折角ここまで大きくしておいて、15の手前で逃げられたらヤツらにとっては大損だ。
ヤツらが本気で追いかけてくることは分かってた。
捕まったら、多分、2度とあたしと里沙は会えなくなることも。
お天道様の下を歩くことが出来なくなることも。

でも、あたし達は逃げた。

それからは、どぶねずみみたいな生活。
スリ、万引き、かっぱらい。
何でもやった。
万引きが見つかってしこたま殴られたこともあった。
廃屋を見つけて入り込み、里沙と二人寄り添って眠った。
あたしも里沙もどんどん汚れていったけど。
ふたりでいたから平気だった。

怖かったのは、施設のヤツらに見つかることだけだった。

ある日。
あたし達はドジを踏んだ。
ふらふらと通りを歩いていたら、たまたま店番のいないホットドックスタンドを見つけて。
あたし達はラッキーとばかりに、スタンドの中に入り込みレジの中に手を突っ込んだ。
こんなクズばっかりのゴミ溜めみたいな街で、金をほっぽり出しとくなんてなんて間抜けな野郎がいたもんだ、って思ったんだ。
でも、違った。
反対だった。
この街でどうぞ盗ってくださいとばかりにほっぽっておいても、誰も手を出さないくらい怖いバックがついているってことだったんだ。

1回腹いっぱい飯を食ったら消えてなくなるくらいのはした金。
その金のために、あたし達は街中をゴロツキどもに追い掛け回された。

そして袋小路に追い込まれる。
あたしと里沙は手を握り合った。
殴られる。犯られるかもしれない。
もしかしたら、殺されるだろうか。
背中を嫌な汗が流れた。

大男の拳に、痛みというよりも衝撃を感じた。
体が宙に浮いた。
歯が折れたのがわかった。
万引きを見つかってパン屋のオヤジに殴られるのとはワケが違う。
こいつらは本気だ。
殺されると思った。
地面にはいつくばった体を、蹴り上げられる。
硬いブーツで頭を踏みつけられる。

目の端に額から血を流して、気を失ってる里沙が映った。

どうして。
多くを欲しがったわけじゃない。
あたしと里沙は生きていく価値もないっていうの?

「子供相手に、その辺にしといてやれよ」

そのとき、あの人の声がした。
くしゃくしゃのカーキのコートに両手を突っ込んで。
少しの恐怖も見せないで、3人の大男を睨みつけている。
あたしとそれほど年は変わらないであろう女の子。
高い背と鋭い目。
その姿は今でもあたしの目に焼きついている。
本当にカッコよかった。

「BRATSのヨシザワか、やるってゆうのか?」
「やってもいいけど?子供相手にこんだけやったら満足だろ」
「余計な口出しするんじゃねぇ」
「あんたらファッツ・ビリーとこの下っ端だろ。ウチと揉めるのはまずいんじゃねぇの?」

そして、あの人はみっともなく地面にへたばったままのあたしに近づいてきて、あたしのそばにしゃがみ込んだ。
「金、盗ったのか?」
真っ直ぐにあたしを見てくる。
なんて綺麗な目をしてるんだろう。
あたしは小さくうなずいた。
「出しな」
あの人が言って。
それは有無を言わさない強さがあって、あたしは素直に盗んだ金を出した。
あの人はそれを受け取って、男達に渡した。

「これで文句ねぇだろ?」
「てめぇが余計な口を挟んできたことはボスに報告するからな」
「好きにしろよ」

男達はあの人を一睨みすると行ってしまった。
あの人は、再びあたしの頭のそばにしゃがみ込んで、こう言った。

「行くとこないんだったら、ウチに来るか?」

素っ気無いけど優しい声だった。
どぶねずみみたいなあたし達に、初めてかけられた優しさだった。
あたしは子供みたいに泣いた。

こうして、あたしと里沙は、彼女、吉澤さんに拾われて「BRATS」のメンバーになった。

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「BRATS」の家で生活するようになってしばらくが過ぎた。
街のヤツらがあたし達を見る目は、相変わらずどぶねずみを見るみたいだったけど。
何が変わったわけじゃない。
相変わらずあたしも里沙も手を汚してばかりだった。
相変わらず金もなかった。

でも、あたしと里沙は、初めて手に入れたんだ。
自分達の家を。
自分達のファミリーを。
本当に信頼できる仲間を。

「BRATS」での生活は楽しかった。

ところが、神様は、あたし達に幸せを与える気は全くないみたい。
ある晩、里沙が帰らなかった。
里沙にここ以外に行く場所がないことはあたしが一番よく知っていた。
あたしは心配で心配で。
次の日、「BRATS」のメンバー全員で里沙を探した。
この狭い街のどこにも里沙の姿は見当たらなかった。

里沙はあたしの半分。
本当の妹みたいに思ってた。
心配で心配で、あたしは半狂乱になった。
施設の人間にみつかったんじゃないか。
そう思った。
施設のことは誰にも話していなかった。
吉澤さんやメンバーのこと信用していなかったわけじゃない。
ただ、ここでの生活が楽しくて、自分たちが追われる人間だってこと忘れたかったんだ。

だけど、もうそんなことは言ってられない。
里沙を助けることができるとしたら吉澤さんしかいない。
そう思った。

あたしは吉澤さんに話した。
自分達が施設から逃げてきたこと。
見つかったらどうなってしまうか。

吉澤さんは怒って私を殴った。
「バカ!そんなことは最初に言えよっ!」
そして悔しそうに言った。
「最初から聞いてたら、あんた達のこと守ってやったのに……!」
私は泣くことしかできなかった。

吉澤さんは公衆電話で何本か電話をかけた。
その間中、電話ボックスの外でメソメソと泣いていたあたしの耳に、時々吉澤さんの怒鳴り声が聞こえた。揉めてるみたいだった。

電話ボックスから出てきた吉澤さんは、とても厳しい顔をしていた。
そして真剣な声であたしに聞いた。
「新垣の居場所が分かった。あたしは今から行くけど、無事に取り戻せるかわからない。下手したらあんたも施設に連れ戻されるかもしれない。それでも一緒に来る?」
あたしは大きくうなずいた。
いつまでも逃げてはいられないんだ。
あたしが里沙を助けるんだ。

吉澤さんの後をついてたどり着いたのは、この辺では珍しい、ドアボーイのいる豪華なマンションだった。
エレベーターに乗って最上階に上がる。
こんなところに住んでいるのは、政治家かファミリーの幹部クラスくらいのもの。どちらも悪党には変わりない。

吉澤さんは重厚な木のドアの前で立ち止まった。
ドアベルを鳴らしてしばらくすると、ゆっくりとドアが開いた。

一見して高級品だって分かる黒いスーツを着た痩せた男が吉澤さんとあたしを中に入れた。
その男の目は、今まで見たことがないくらいに鋭くて。
なんていうんだろう。冷徹さと熱さが一緒になってる―――冷たい炎みたいだった。

男は無言で、あたしたちをリビングらしい部屋に案内した。

その見たこともないような豪華な部屋の中には、4人の人間がいた。
さっきドアを開けた黒いスーツの男。
重厚な黒い木のデスクの向こうに腰掛けた大きな体の中年の男。顔の前で組んだ指にはやたらに派手で大きな指輪を何本もはめていた。間違いなくこいつがボス。
その隣には、さっきあたし達を案内した男とはまた違う、こちらの背筋が寒くなるような冷たい目をした男が立っていた。

そして、その冷たい目の男の足元にぐったりとうずくまっている―――里沙!!!

あたしは思わず里沙に駆け寄った。
冷たい目の男があたしを阻止しようとしたが、ボスがそれを止めた。
里沙の体を抱き起こす。
里沙の顔は血まみれで、元の顔が分からないくらい殴られて腫れあがっていた。
腕がだらんと変な方向に曲がって、骨が折れているんだとわかった。
何もここまでしなくても!
あたしは怒りで体が熱くなった。

「オマエがJOKERの大事な、BRATSのヨシザワか」
ボスが口を開いた。思いのほか柔らかい声。でもその声には人に命令するのに慣れている者特有の威圧的な響きがあった。
吉澤さんは返事をせずに、じっとボスの顔を見ている。
「なかなか、いい教育ができてるようだな。どんなに痛めつけられてもこのガキはお前らのこと喋らなかったぞ。ウチの若いもんも教育して欲しいくらいだよ」
吉澤さんはまだ返事をしない。
まったく表情のない目でボスを見ていた。
「お喋りは嫌いか?分かった、ビジネスの話をしよう―――コイツが逃げた子供のもう一人か?」
ボスが、里沙を抱いているあたしを顎で指して言った。
あたしは驚いて吉澤さんを見た。

「ビジネスの話をしにきたわけじゃねーよ」

吉澤さんの声は静かだったけど、この部屋の中によく響いた。
「何だって?」
ボスの声が不機嫌に尖る。
「こいつらは二人ともウチのファミリーだ。あんたらのビジネスの話なんて知ったこっちゃねーよ。あたしはただコイツを返してもらいに来たんだよ」

「ヨシザワ、キミはなかなか面白い子供だねぇ。でも、そんな理屈が通用すると思うのかね?」
「さぁね。とにかく用はそれだけだよ―――小川、新垣連れて帰るよ」
吉澤さんはそれだけ言うと、あたしと里沙の方に近づいてきた。
「動くな。―――JOKER、どうするつもりだ?」
ボスが言う。
JOKERと呼ばれたのは黒いスーツの冷たい炎の男だった。
JOKERはゆっくりとスーツの懐から拳銃を取り出した。
ぴたりと吉澤さんに銃口が向けられた。
「こいつら二人を置いて出て行け」
JOKERの声は低くて、何故だか妙に優しかった。
吉澤さんは自分の胸を狙う銃口に真っ直ぐ向かって立った。
そしてじっと、JOKERの目を見る。

「あたしは、何があっても仲間は売らない。だから、この二人を手に入れたかったらあたしを殺せばいい。元々あたしの命はあんたのもんなんだろ?J」

にらみ合う二人。
でも二人の間には不思議な信頼関係があるみたいに感じた。

「さっさと消えろ」

しばらくの沈黙の後、JOKERが言った。
吉澤さんがニヤリと笑った気がした。
JOKERも唇を歪めて、笑ったように見えた。

「どういうつもりだJOKER!」
慌ててボスが言う。
「そういうことさ。あんたの大好きなビジネスの話は俺としよう」

吉澤さんは、男達の会話を無視して、あたしと里沙のそばに立った。
気を失っている里沙の腕を肩にかけて立たせる。
あたしも慌てて里沙の体の反対側を支えた。
吉澤さんはあたしの顔を見て、何もいわないで、小さくうなずいた。
あたしもうなずき返した。

「待て」
あたしが思わず振り返ると、ボスの隣に控えていた冷徹そのものの目をした男が、あたし達に拳銃を向けていた。

「よせ、こいつの後見人は俺だぜ?俺を敵に回すつもりか?」
JOKERが言う。
「放っておけ。……この仮はでかいぞJOKER」
苦虫を噛み潰したようにボスが言った。

「行くよ」
小さく吉澤さんが言う。
吉澤さんは一度も後ろを振り返らずに部屋を出た。

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あたし達はどこも行くところがなかった。
何も持っていなかった。
いつも逃げることしかできなかった。

だけど、あたし達は仲間を、信じるモノを手に入れた。
ゴミみたいなちっぽけなあたし達。
でもこんなあたし達にもプライドはある。

吉澤さんが教えてくれたこと。
命をかけて守るもの。
だから、あたし達はもう逃げない。
たとえ虫けらみたいに殺されても。
仲間と、このちっぽけなプライドだけは守ってみせる。

血より濃い絆に結ばれたあたし達。
命を賭けてあたしは神に誓う。

信じることを。
戦うことを。


おわり


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