GARAGE WONDER LAND


私は何度もその写真を見た。
薄っぺらい週刊誌の中の、白黒の写真。
私の知ってる、でも知らない人の写真。

何度見てもわからない。
どうして?
どうして?
それが、よっすぃーの選んだ道なの?

出会った頃は、私の方が年上だったのに、よっすぃーの方がお姉さんみたいだった。いつも背筋を真っ直ぐ伸ばして、こっちがひるんじゃうくらい真っ直ぐ人の目を見る子だった。
4期の、私達4人はダンスも歌もいつもへたくそで、夏先生に怒られていつも4人でメソメソ泣いてたっけ。でも、いつも4人でがんばろうねって。
そのうち、よっすぃーは本性を現してきて。
ときどきとんでもないいたずらをしたり、ふざけた態度をとったり、私にひどい事を言って本気で怒らせたり。
それでもいつも最後は笑って。
そう、あいぼんがホームシックで元気がなくなったときは、4人で私のうちにお泊りしたよね。
マネージャーにも内緒で、お菓子をいっぱい買い込んで、ほんのちょっぴりお酒も飲んで、大きな音でCDを鳴らして一晩中4人で歌ったよね。……あの後、大家さんに怒られて大変だったんだから。
でも、あの時よっすぃーはあいぼんを喜ばせようとして一番一生懸命だったね。酔っ払ったフリをしてわざとへたくそに歌ってみたり。
私達、姉妹みたいだった。
私がお姉さんで、よっすぃーが生意気な妹。あいぼんはしっかり者の三女でののが甘えんぼの末っ子。
毎日楽しかったじゃない。
ごっちんが卒業するときも、保田さんが卒業するときも、本人の前で泣きたくないからって一人でトイレで泣いてたのも知ってるんだよ。
よっすぃーが本当に優しい子で、本当は弱い子だってことも、知ってるんだよ。

私たち、いつも一緒だったじゃない。
いつも一緒に、泣いて、笑って、ときどき喧嘩して、一生懸命やってきたじゃない。

なのに、どうして?
どうして、辞めちゃったの?
娘。は、私はそんなに簡単に捨てちゃえるようなものだったの?

写真の中のよっすぃーは、私のことを睨みつけている。
短い金髪のツンツン頭。
左の眉毛のピアス。
目の周りに真っ黒のアイライン。
そして片目をつむり大きくベロを出して、中指を突き立ててる。

ねぇ、本当にこれがよっすぃなの?
そんなのが、私たちを捨ててもやりたかったことなの?
よっすぃーは、今、幸せなの?

『元モームスのFUCK YOU!?』

『よっすぃークンは、我々のカメラに気がつくとご覧のように舌を出して中指を立てて見せた。「FUCK YOU!」と叫ぶように。モームス時代のストレスか、「天才的美少女」の面影は全くない。そのあまりの変貌振りに驚いて取材を申し込むと、よっすぃークンははき捨てるようにこう言った。

「モームスなんか糞食らえ!」』

**********

私は心の底からびくびくして、そこに立っていた。
よっすぃーが娘。を辞める前から、ロックだMODSだって口にしてたのを覚えていたから、雑誌でMODSのライブ日程を調べて、ライブハウスの前でよっすぃーを待っている。絶対よっすぃーは現われるはず。

でも、正直、怖いよぉ。

さっきから、鋲のいっぱい付いた革ジャンを着たおにーさんや、金髪で顔中にピアスをつけたおにーさんや、このクソ寒い中何でか上半身裸でいっぱいイレズミの入ったおにーさんやらが、私のことじろじろ見ながら通り過ぎてく。
何で何で何で?私そんなに浮いてるのかなぁ。
私は、おととしの誕生日によっすぃーにもらったピンクのセーターをじっと見た。
おかしいのかも知れない。だってよっすぃーもコレくれるとき「こんなダサいセーター着れるのは梨華ちゃんしかいないと思って」って言ってたし。でも、それって今考えると結構失礼な話よね?
なんて。
そんなことを考えてたとき。

「ひゃあああっ!!!」

背中にどしん、と何かが当たって、ぼんやりしていた私は思いっきり歩道に突き飛ばされた。
とっさについた手のひらと膝に痺れるような衝撃が走った。
「いったぁぁい」
半べそで振り返ると、そこにはさっき言った鋲のいっぱい付いた革ジャンを着て金髪で云々っていうのが全て当てはまったおにーさんが、尻餅をついていた。
ああ、この人とぶつかったんだぁ。
なんてのんきに思った後、どうしようこの後イチャモンつけられて香港に売られるようなことになったら。やっぱり誰かにここに来ることを言っとけばよかったかも。でもよっすぃーには絶対会っちゃダメだってきつく言われてたし―――。ってそんなこと考えてる場合じゃないよぉ。怖いよぉ。

「何すんじゃー!このクソアマぁあああ!!」

その、尻餅をついた男の人がすごい怒鳴り声を上げて、私はすくみあがってしまった。私に言われたのかと思った。

「うるせぇ!女だと思ってみくびってんじゃねぇよ!!」

でも、その男の怒鳴り声の上に違う声が重なって―――。
ええええええっ?
私の、よく知ってる声。

私は声の主を見上げる。
彼女も、這いつくばったままの私を見下ろす。
その、怖そうなおにーさんを挟んで、見つめあう。

「よ、よっすぃー……?」
「りりりり梨華ちゃんっ!」

金髪で、鋲のいっぱい付いた革ジャンで、パンダメイクで、えーっとえーっと。とにかく仁王立ちで尻餅男さんの前に立っているよっすぃーは、尻餅男さんよりもっとガラが悪かった。

「てめーっ!梨華ちゃんに何すんだよっ!」
よっすぃーはそう言って尻餅男さんに殴りかかろうとした。
よっすぃーがそう言ってくれたのはちょっと嬉しかったけど。
でも、彼が私にぶつかったのは。
多分シチュエーション的に見て、よっすぃーのせいだと思うの。

「ヨシザワっ!やめろっ!!」
別の男の人の声。やっぱりよっすぃーと同じ様な革ジャンを着た男の人がよっすぃーの後ろから現われた。
「うるせぇっ!」
「バカっ!見ろっ!!」
男の人が指差した方を見る。
あらら。これまた怖そうなお兄さんが3人、こっちに向かって走ってくる。もちろん革ジャン姿。どうでもいいけどすごい皮率。動物愛護協会の人がいたら卒倒しちゃうくらい。って本当にどうでもいいことを考えてると、ぐいっと手を引かれて。
見上げると、よっすぃー。
「梨華ちゃんっ!立ってっ!!」
私はよっすぃーに引きずられるように立ち上がると、手を引かれるまま走り出した。
背後で怒鳴り声。
「逃げんなゴルァ!!」
よっすぃーも走りながら叫び返す。

「続きは今度な!ばーーーーーか!!」

えーっと、えーっと。
私は走りながら考えた。
この、何だかとってもバイオレンスな展開はどういうこと?

**********

私と、よっすぃーと、よっすぃーの友達っぽい男の人は、走りに走った。
5分?10分?
とにかく息が切れて苦しかった。
でも、よっすぃーに手首をしっかり握られて引っ張られて、ちょっと嬉しかった。

そのうち、よっすぃーと男の人は、走りながら笑いだした。
ゲラゲラ笑う。
何だかワケが分からない。
私はきょとんと二人を見ていることしか出来なかった。

いつの間にか小さな公園についていた。
公園といっても、小さな砂場とブランコ、ジャングルジムと申し訳程度のグリーンがあるだけの、猫の額のような小さなスペース。ビルの合間に何でこんなところがあるんだろうと思った。
夜の公園は、なんだかワクワクするような、それでいて泣きたくなるような不思議な気持ちにさせた。

よっすぃーは私の手を離すと、笑いすぎて涙の滲んだ目で男の人を見た。
「見たぁ?アイツの顔!マジびびってやんの!」
「俺の方がびびったよ。ヨシザワ、何にも言わずにいきなりグーでなぐるんだから」
男の人もおかしそうに言う。
「いーんだよ、アイツにはずーっとむかついてたんだから」
「いやー、でも後がこえぇよ。今度会ったらボコボコにされっぞ」

「かまわねーよ」

そう言ったときのよっすぃーは、ちょっと、どこかいつ死んでも構わないみたいな目をしてて。ちょっと背筋が寒くなった。

やっと、笑いの納まったよっすぃーは、私に視線を移した。
「で、梨華ちゃんは何であんなとこにいたの?」
急に真っ直ぐ見られて。
そう言えば、よっすぃーとこうやってちゃんと会うのはすっごい久しぶりだって気づいて。何だか急に気恥ずかしくなってしまった。
「よ、よっすぃーに、会いに来たんだよっ」
目をそらして。言った声は少し上ずってしまった。

「俺、そこのコンビニ行ってくるわ」
男の人がそう言って、ぶらぶらと公園に面した通りの方に歩き出した。
「伸悟!」
よっすぃーは男の人をそう呼んだ。
「……ごめん。ありがと」
ちょっと照れたようによっすぃーがそう言うと、男の人は背中を見せたまま「はいはい」とでも言うように手を振って、そして通りの人ごみにまぎれていってしまった。

「よっすぃーの、彼氏?」
私が聞くと、よっすぃーはげらげらと笑った。
「ちっがーよ。友達。っつーか、お目付け役みたいなもんかな」

よっすぃーは、「あちー」と小さくつぶやくと、砂場の上にどすんと胡坐をかいて座り込んだ。
私は、すぐ隣のブランコの周りを囲っている低い鉄棒に腰をかけた。

「すっごく、心配したんだから」
よっすぃーは肩をすくめてへへへっと笑った。
子供みたいに砂場の砂をいじってる。
周りの砂をかき集めて、山を作って―――、壊す。
「すごく、変わっちゃってっ。携帯の番号も変わっちゃうし、家にも帰ってないっていうしっ。今どこにいるの?何してるの?」
よっすぃーは手に砂を掴むと、さらさらと自分の膝の上に落とした。
そんなことしたら、ズボン、汚れちゃうよ。

「今は……いろんなところ、ブラブラしてる」
「ブラブラしてるって―――」
「森やんのとこ、居候させてもらってるんだ」
「森やんってモッズの人?すっごく年上の人でしょ?付き合ってるのっ?」
「あたしと森やんが?まさか―――。ただ、寝床にさせてもらってるだけだよ」

よっすぃーのその言い方は、なんだかひどく大人びていて。何だかよくわからないけど悔しくなった。
「私……。私、その人嫌いっ」
「梨華ちゃん」
「よっすぃーのこと、変な風に変えちゃってっ。よっすぃー変だよ。その格好も、お化粧もっ。顔に、ピアスまでしちゃってさ。そんなの似合わないし、よっすぃーらしくないもんっ」

言ってから、後悔する。
私ってばいつもそうだ。
よっすぃー、怒ったかな?
そう思って恐る恐るよっすぃーを見た。

よっすぃーは、ほんの少し寂しそうな顔で、自分の手から零れ落ちる砂を見ていた。
「でも、けっこー自分では気に入ってんだよ」
「でもっ、でも、何かよっすぃーすごく痩せちゃって、ちゃんとご飯とか、食べてるの?何か、何か―――」
私はうつむいてしまった。
「なに?」
「よっすぃー、ちっとも幸せそうじゃないもん。何かつらそうなんだもん」

「梨華ちゃん、「棒倒し」しよっか」
「へ?」
よっすぃーが急に明るく言って。私は驚いてよっすぃーの顔を見た。よっすぃーは砂場の砂をかき集めて大きな山を作ってる。
「早く、こっち座ってよ」
よっすぃーは革ジャンのポケットからタバコを1本出して、山のてっぺんに挿した。
「タバコ!」
「えへへへ。早く早く」
よっすぃーに急かされて、私はしょうがなく砂の山を挟んだよっすぃーの向かいにしゃがみ込んだ。
「ルール知ってる?子供んときよくやったよね」
「知ってるよっ。棒を倒した方が負けなんでしょ?」
よっすぃは子供みたいな顔で笑ってぐーにした右手を前にだした。
「じゃーんけーん」
「ぽん」
よっすぃーがグーで、私がパー。
「よーし、私からだからねっ」
私は両手を山の斜面を抱くように回して、大きく砂をかいた。
次によっすぃーが同じように砂をかく。

私たちはしばらく夢中で砂の取りっこをしてた。
山が小さくなるにつれて棒を倒さないように砂を取るのが難しくなってきて。私はいつのまにか砂場にぺたんとお尻をついていた。
「スカート、汚れちゃうよ?」
「いいのっ」
私は人差し指でそっと撫ぜるように砂を取った。
よっすぃーも同じようにほんの少し取る。
「ちょっと、よっすぃーちゃんと取ったのっ?」
「取ったよぉ。次、梨華ちゃん」
タバコは小さな山の上でほんの少し傾いて、ちょっとでも触れたら、今にも倒れちゃいそう。
私は砂の上に正座に座りなおして、セーターの袖を腕まくりした。膝の上に二つ折れになって砂山に顔を近づけて慎重に手を伸ばす。

「こぉゆう公園の砂場ってさ。野良猫や野良犬のうんことかおしっことかで、すっごく汚いんだってさ」

「やだぁっ!」
よっすぃーに言われて、私は慌てて手をひっこめた。
その拍子に、小さな山の上のタバコがぱたん、と倒れた。
「ああっ!」
「はーい、梨華ちゃんの負けぇー」
よっすぃーがおかしそうに笑って言う。
「ずっるーーーーいっ!」
よっすぃはげらげらと笑い出した。笑いすぎて苦しそうに言う。
「梨華ちゃん、相変わらず、たんじゅーんっ」
「ううううう、くやしーっ、もう一回っ!!」

真夜中の公園の頼りない外灯に照らされて、ぼんやり浮かび上がる私のピンクのセーターとよっすぃーの金髪。
いつも、今も、見た目も性格も正反対な私たちは砂場の真ん中に座り込み、とり憑かれたように夢中で棒倒しを続けていた。

「今、しんどいよ、アタシ」

突然、ぽつりとよっすぃーが口を開いた。
「でも、娘。にいたときも、しんどかった」
「よっすぃー……」

よっすぃーは棒倒しを続けることを辞めて、がくんと首を落とした。
背を丸めて、両手をぐっと握り締めて胡坐をかいた足の間に押し付けた。

「自分が、いやらしくて、嫌いだった」
金髪が外灯に照らされてキラキラ光る。
「梨華ちゃんのことも、大好きだったけど、でも、本当は、心の中で、すっごくバカにしてた」
「そんなの、今だってすーぐバカにするくせに」
「そんなんじゃない―――、そんなんじゃなくてぇ。梨華ちゃんなんて、不器用だし、歌も下手糞だし、言ってることはつまんないし、寒いし、うざいし、服はダサいし。アタシの方が全然上だって。心の中ですっごい見下してた」
ひどいこと、いっぱい言われてるのはわかったけど、何故だかちっとも腹が立たなかった。それよりも、目の前のつらそうなよっすぃーの方が気になった。
「それなのに、いつも梨華ちゃんは真ん中で、歌でもテレビでもいつも一番おいしところ持ってって。すごく嫉妬してた。梨華ちゃんが、すごく努力してるのも知ってたくせに、梨華ちゃんなんか顔だけだ、ぶりっこしてるから人気があるんだなんて、思ったりも、してたんだよ」
よっすぃーの握り締めた手が震えてた。
「さいてーだった。そんなのちっとも興味ないみたいな顔して、本当はセンターで歌いたくて、いつも真ん中にいたくてどろどろどろどろしてた。後から入った高橋がどんどん前に出てったりしたことにすら、嫉妬してた」

「そんなの、そんなのみんな同じことじゃない。みんな、そういうライバル心みたいのは持ってることでしょ?」
「違うよ。全然違う。みんなは、それをちゃんと自分で受け止めて、努力して、負けるもんかって、ちゃんとがんばってた。だけど、あたしは、自分が、梨華ちゃんや、誰かより負けてるって認めるのが怖くて、目をそらして、拗ねて―――」
よっすぃは、苦しそうに言葉を切った。
そんなよっすぃーが、すごく可哀想になった。

「ごめんね。梨華ちゃん。ひどいこといっぱい言って」
頭を垂れたよっすぃーの声は、普段よりもっと低く聞こえた。
私はぶんぶんと首を振った。
「ううん。でも、私のこと大好きだったって、言ってくれたじゃん。嬉しかった」
「ごめんね……」
「ただ、もっと早く話してくれたらよかったのに。よっすぃーがそんなに苦しんでた何て、私ちっとも気づかなかった。よっすぃーはさ、いっつもふざけてて、笑ってて。誰かが元気ないと、いつも変なことして笑わせてくれてたじゃん?よっすぃーは自分のこと嫌いだったのかも知れないけど。私は、みんなは、よっすぃーがすごくいい子だって知ってたし、よっすぃーのこと大好きだったよ」

よっすぃーがうつむいている砂の上にぱたぱたと水滴が落ちた。
「ひっ」って、よっすぃーが喉を詰まらせる声が小さく聞こえた。

「ずっと、会いたかった。あんなふうに卒業しちゃって。よっすぃーに裏切られたような気もしたし。よっすぃーは娘。のこと、私たちのこと嫌いなっちゃったのかなって思ったし。それに、心配してた。すっごく。どこで、何してるんだろうって。今、本当にちゃんと幸せなのかなって」

私は、目の前で小刻みに震えている金髪の頭を撫でた。
よっすぃーがしゃくりあげるのが伝わってくる。
意地悪で、不器用で、生意気で、天邪鬼で。
でも、私にとっては、かわいいかわいいいよっすぃーがそこにはいた。

「娘。じゃなくなっても、よっすぃーは、私の大事な妹だもん」

**********

それから、私たちはジャングルジムにのぼった。
一番てっぺんに二人で並んで座った。
夜風に、私のスカートの裾がぱたぱた揺れた。
「下からパンツ見えちゃうよ?」
「誰もいないから平気」
私が答えるとよっすぃーは足元を覗き込んだ。
「梨華ちゃんのパンツ覗くヤツがいたら、あたしがぶん殴ってやる」

「そうやって、喧嘩ばっかりしてるの?」
私がたしなめるように言うとよっすぃーはぺろっと舌を出した。
「そんな本気でヤバいようケンカはしてないよ。街をウロウロするようになって、ちょっとは知恵もついたし。一回マジぼこぼこになって真剣ヤバいと思ったこともあるけど」
よっすぃーは子供みたいに足をブラブラさせている。
「何で?」
「それが、不思議なことに原因を覚えてないんだよねぇ。でも、友達も出来たし、これでも結構楽しくやってるんだよ。お金はないけどね」
「でも、しんどいって、今もしんどいって言ってたじゃん」
「うん。娘。にいたときは嘘ばっかりついてるのがしんどかった。今は正直に生きてるからしんどい。いっぱい人も傷つけるし、自分も傷つくし。それに、娘。辞めたら、自分が何者なのかわかんなくなっちゃって、それを探してるのもしんどい」
そう言ったよっすぃーはほんの少し誇らしそうだった。

私にはよく分からない。
よっすぃーみたいな格好をして、街をウロウロして、危ない目にもあって。
娘。も捨てて。
それで手に入れられる何かがあるのかなんて。
何で、よっすぃーがこんなことをしてるのかなんて。

でも、それがよっすぃーの選んだ道なんだね。
よく分かんないけど。
私はよっすぃーが自分と違う道を選んだのが悲しかったみたい。
いつも一緒にいられると思ってたから。

「みんな、本当にすっごく心配してたんだよ?」
「うん。でも、アタシには会っちゃいけないって言われてるんでしょ?アタシ、ほら、こんなんになっちゃったし。辞めるとき事務所とももめちゃったし」
「そんなこと関係ないもんっ。同じ娘。の仲間じゃん。そんなの誰も気にしてないよぉ。みんなよくよっすぃーの話するよ。今何してるのかなぁとか、よっすぃーだったらここでこう言うよね、絶対。とか」

本当は、よっすぃーが辞めちゃった後、飯田さんや矢口さんは責任を感じて落ち込んじゃったりしたし、あいぼんは寂しがって泣いてばっかりでみんなに迷惑をかけるしで、娘。の中はめちゃくちゃになりかけたけど。それは言わなかった。
そんなこと言っても、よっすぃーは責任を感じちゃうだけだと思って。

「FRIDAY、見て、きたんでしょ?」
よっすぃーはぽつりと言った。
「うん。だって、あの写真のよっすぃーみたらすっごく心配になるじゃん」
「あははは」
よっすぃーは乾いた声で笑った。
それから、ちょっとうつむいて、言った。
「あのさ……。あたし、「モームスなんてクソ食らえ」なんて言ってないから」
「よっすぃー……」
「あいつらが突然やって来て、取材に応じないと勝手に書かせてもらうって言われて。あたしは別にどう書かれたってかまわないけど、みんなに、娘。のみんなに迷惑だけはかけたくなかったから。ちゃんと説明したんだよ。娘。のことは関係ないって。自分は自分としてやりたいようにやってるだけだって。今でも娘。のことは大好きだって。なのに、雑誌が出たら、結局あんなふうに書かれてて!」
悔しそうに吐き捨てるように言った。
私はよっすぃーに笑いかけた。
「バカだなぁ。あんなの信じるわけないじゃん。第一よっすぃーが「モームス」なんていうわけないし。私だって、ゲーノーカイ長いんだよ?あんな記事が嘘っぱちなことくらいわかるよ」

「ただ、ただあの写真のこっちを睨みつけてるよっすぃー見たら、不安になっちゃったのかなぁ。私が知ってるよっすぃーがいなくなっちゃったって」

「あたし、変わった?」
「うん、かっこよくなった」
「嘘、へんな格好って思ってるくせに」
「えへへ。でも、変わった。変わったけど変わらない」
「何それ?」
「私にも分かんない」
「何だよ」
「変わらない……。少なくても、私たちの距離は、変わらないよね?」
「当然じゃん」

「ヨシザワー!!」

公園の出口の生垣の向こうで、男の人がよっすぃーを呼んだ。
一緒に走ってきた人だ。
そして、その隣にもう一人、男の人の人影。
よっすぃーは、ちょっと私に笑いかけてから、ぽーんと、ちょっと本当にカッコよく、ジャングルジムの上から飛び降りた。
そして、男の人達の方に走っていく。
私もゆっくりジャングルジムを降りた。
そっと、話している3人に近寄る。

「まぁたケンカしよったらしかね?」
男の人に小突かれるよっすぃー。
この人が「森やん」なんだとすぐにわかった。
だって、よっすぃーが、私には見せたことのないような、すごく穏やかで素直な目でその人のことを見上げてたから。
ほんの、ほんの少し、悔しくなった。
「……伸悟、チクったな?」
「俺はオマエよか森山さんに忠実なんだよっ」

よっすぃーは、自分達を遠巻きに見ていた私に気づいて手招きした。
近づく私の肩に手をかけて、紹介する。

「梨華ちゃん―――あたしの出来の悪いねーちゃん」

そう言われて、驚いて、ちょっと涙がでそうになってしまった。
よっすぃーの友達の男の人がおどけたように言う。
「やっぱかーわいいなぁ。いやー、俺今やっと、オマエが本当にモームスだったんだって信用できたよ」
「んだとぉ?」
そして、私の方に優しく笑いかけてくれる。
「俺、伸悟。ヨシザワのお守り役。コイツ、放っとくと何しでかすかわかんねーから」
「るせぇなぁ。頼んだ覚えはねーよっ」
よっすぃーと伸悟さんがじゃれあう。
私は「森やん」を見た。
「森やん」は、私に向かって軽く頭を下げると、何も言わないで優しく笑っていた。

もっと、怖い人なのかと思っていた。
よっすぃーが、娘。を卒業する前によく聞いていた「MODS」の曲は、攻撃的で、乱暴で、激しくて。私にはどこがいいのかさっぱり分からなかったし、「森やん」ももっと大きい、怖い人だと思ってた。
でも、目の前にいる男の人は、思ったよりずっと細い体で、こっちが恥ずかしくなるくらい優しい目をしていた。

何で、よっすぃーがこの人にこんなに夢中になったのか分かる気がした。
よっすぃーがなんで、そんな素直な目でこの人を見るのか。
この人の側にいるなら、よっすぃーは大丈夫なのかもしれない。
私は、安心したような、ちょっと寂しいような複雑な気分。

「帰るけん」
森やんさんが短く言う。
「梨華ちゃん、送ってくから」
「朝までに帰ってこんと置いてくったい」
「ん、わかった」

それだけの短い会話を交わすと、森やんさんはすっと背を向けて歩いていった。
「じゃ、またなっ」
伸悟さんも短く言って慌てて森やんさんの後を追った。

「あたしも、伸悟も、ああやっていっつも森やんの後を金魚のフンみたいにくっついて歩いてんの」
その後姿を見送りながら、よっすぃーは私に言った。
「明日、どこか行くの?」
「MODSのツアー、連れてって貰えることになったんだ」
嬉しそうに言うよっすぃー。
「ふーん」

よっすぃーは、そっと私の手をとった。
そして、手をつないだまま歩き出す。
「梨華ちゃん、スカート泥だらけだよ?」
「ええっ?やだっ!」
「あははは。家まで送ってあげる」

私たちはよっすぃーに手を引かれるまま、しばらく無言で歩いた。
どっから見てもガラの悪いパンク少女のよっすぃーと、スカートを泥だらけにした私が手をつないで歩いていくのを、すれ違う人たちが不思議そうに見ていた。

「あのさ、加護にいっといてよ。歌上手くなったって。あたしがあんな形で卒業しちゃってから、テレビで見てても明らかに落ち込んでるし、すっごく心配してたんだよって。でも最近はまた昔の加護に戻ったみたいで安心してるって。あと、かおりんと矢口さんは、責任感が強いから、多分私のせいでいっぱい余計な心配かけたと思うんだ。何にも言えなくて辞めちゃってごめんなさいって。ののも最近はダンスすごくがんばってるのちゃんと見てるよって。それにこの前のシングル、小川がセンターだったの、あたしすごく嬉しかったって。よくがんばったねって。何にも教えてあげれないうちにプッチ辞めちゃってごめんねって。―――それから、それからみんなに、あたし今でも娘。のこと、みんなのこと大好きだからって。お金ないから、CDとかは買えないけど、でも、いつも応援してるって―――」

よっすぃーは私の前を歩きながら一気にまくし立てた。
私は、そんなよっすぃーの背中に言った。

「やだよ」

よっすぃーは驚いたように、私の方を振り返った。
「梨華ちゃん……」
「よっすぃー、みんなにすっごくすっごく心配かけたんだから」

私は、よっすぃーの手を振り解いて、よっすぃーの隣に並んだ。
あの頃みたいに、私よりちょっと背の高いよっすぃーの腕に自分の腕を絡ませる。
そして、驚いた顔をしているよっすぃーを見上げて、こう言ってあげる。

「だから、そんなの、ちゃんと自分の口で言いなさい」

**********

結局、よっすぃーは明け方まで私の部屋にいた。
私たちは一晩中、いろいろなことを話し合った。
過去のこと、今のこと、そしてこれからのこと。

また、あの頃みたいにみんなで泊まりっこしようねって約束した。
本当は、事務所の人たちは神経質なくらい私たちとよっすぃーが会うことを禁止してたから、それが本当に実現できるかどうか分からない。
でも、それでも、会おうと思えばいつでも会えるんだって思えるだけで元気が出た。
よっすぃーは変わっちゃったけど、何も変わらないんだって分かったから。
離れてたって、いつまでも仲間なんだって。

私は窓を開けて、駅に向かってぽつぽつと歩いていくよっすぃーを見下ろした。
昇りかけた朝日がまぶしかった。
よっすぃーは見下ろす私に気づいて、こっちが恥ずかしくなるくらい大きく手を振っておどけてみせた。

そして、また、背を向けて歩き出す。

私たち、歩いていく道は違っちゃったけど。
私はよっすぃーの小さくなっていく背中につぶやいた。
私は、娘。の中で、精一杯自分らしくがんばるよ。
だから、よっすぃーも、負けないで。
がんばって、よっすぃーの道を歩いてね。

そして、もし、耐え切れないくらいしんどくなったら。
そんなときが来たら。

また会おうね。

いつでも、振り返ったら、あの頃の私たちが笑っているから。


おわり


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