VIVA LA ROKKA


心臓がばくばくいってる。
地下鉄の改札を出た私は、目深にかぶった帽子を両手で引っ張って、さらに深くかぶり直す。誰にも見つかりませんように。そして、帽子のつばの下から、地下街のショウウインドウに映った自分の姿を見た。
……おかしく、ないよね?
ブーツカットのジーンズにブーツ。紺と白の縞々の長Tにカーキの軍ジャン。赤いロングマフラーに顔を埋めさせて頭には茶色の大きなキャスケット。なるべく、目立たないように、場に合うように考えてきたつもりだけど、自信がない。
髪を立てて、鋲のいっぱい付いたライダースを着たお兄さんが追い抜かしていく。うわー、あの人も絶対そうだ。やっぱ革ジャンとか、着てこなきゃいけなかったかな。
ライダースのお兄さんの背中を追うように地上に出た。

夜の心持ち湿った風が頬をなぜる。いつも気付かない風を感じるなんて緊張している証拠かも。頬が火照ってる。
昨日インターネットで調べて頭に叩き込んでおいた地図を思い浮かべて、目的地へ向かう。プリントアウトした地図もポケットの中に入ってるけど、地図を見ながら歩くなんてカッコ悪いじゃん。

何だか、ちょっと恥ずかしくて、ここに来る事、誰にも言ってない。
でも、どうしてもどうしても来たかった。

***********

あれは、去年の春の出来事だった。
その日はテレビ番組の収録があった。私は学校でテストがあって、どうしても抜けれなくて一人局入りが遅れた。今までそんなこと一度もなかったのに、何故かその日は局前で待ち合わせしてたマネージャーとすれ違っちゃったのか会えなくて。楽屋で充電しようと思ってたから、ケイタイの電源も切れてて。そんな偶然が重なって。
でも、いつも来ているところだったし、楽屋もいつもと同じ部屋だろうと思って。楽屋前の張り紙も確認しないで、あくびをしながらドアを開けた。

「ふざけろ!俺は絶対やらねぇからな!!」

一瞬何があったのかわからなかった。
いきなり男の人の怒鳴り声が聞こえて、その後、衝撃。
誰かとぶつかったことは分かったけど、そのときには私は無様に後ろ向きに倒れてて、後頭部をしこたま廊下に打ちつけてて、ふわぁと意識が遠くに逝っちゃてた。
あの人の驚いた顔と、スカートはいてたらパンツ見えちゃってたなぁなんて暢気な考えが頭の中に浮かんだのを覚えてる。

**********

そんなことを思い出しながらぼんやり歩道を歩いていると、コンビニから飛び出してきた小さな男の子とぶつかりそうになってしまった。
「ごめんね」
男の子に小さく声をかけると、コンビニの中からお父さんらしき人が現われた。
「こら、達也。急に飛び出したらイカンって言っただろ?」
そして、お父さんは私を見て「すみません」と謝った。
私は思わず微笑を浮かべてしまった。男の子とお父さんは揃いのスカジャンを着て、男の子はナマイキにも子供らしい細くて少ない髪を目いっぱいディップで立たせたりしてたから。多分この人たちも同じ目的地、なのかな?
お父さんは坊やをひょいっと抱き上げると、もう一度私に小さく会釈をして歩いていった。男の子はお父さんの肩越しにじっと私を見つめていて、私は男の子に小さく手を振ってあげた。
このまま私も歩いていくと、お父さんと坊やと並んでしまいそうで、それもなんとなく気恥ずかしいから、私は時間稼ぎにコンビニに入った。ポケットからケイタイを出して時間を確認する。焦って早く来すぎちゃったかな。まだ1時間以上あるな。

私は雑誌コーナーで特に興味もないファッション雑誌をぱらぱらとめくった。

**********

意識はまた過去に飛ぶ。
そう、あの時、時間にしたら5分?10分?。とにかくそんなに長い時間じゃなかった。軽い脳震盪で、気がついたら、見た目のめちゃくちゃ怖い男の人達がめちゃくちゃ優しい顔で私の顔を覗き込んでいた。いや、嘘だな。そん時は優しい顔してただなんて全然気がつかなくて、私はあの人たちの風貌にすっかり怯えきってた。
「大丈夫か?」
「あっ、は、はいっ!」
私は一瞬わけが分からなくて、飛び起きた。知らない人たち。ここはどこ?。
ぐるりと周りを見渡して。私は楽屋の中のソファーに寝かされてた。むせ返るようなタバコの匂い。壁に立てかけられたギター。脱ぎ捨てられたボロボロの革ジャン。
そして、3人の男の人。
どっからどう見てもロッカー。
私はやっと、自分が楽屋を間違えたことに気がついた。
そして、ここは。
私の見た限りでは、私達から遠い遠い世界の、バンドの、ロックの人たちの楽屋だった。
ホンマもんだよ。
何でこんな人たちがテレビ局の楽屋にいるんだよ。

「どっから入ってきたんだよ、お嬢ちゃん。迷子か?」
くすくすと笑いながら言う、低くて心持ちかすれた柔らかい声。その声の持ち主は、優しい目をしてたけど。
私の目はその人の、袖なしのシャツから伸びた2本の腕、肩から手首までにびっしりと彫られた刺青に釘付けになってしまっていた。本物の刺青してる人、初めて見た。
「ん?大丈夫か?怖いか?」
私の視線に気づいたその人は、自分の腕の刺青を撫でた。
私は、何だか自分がすっごく不躾なことをしてしまったような気がして慌てて頭を振った。
「森やん、めちゃくちゃ怯えとうぜ?」
笑いを滲ませて、森やんと呼ばれた人の後ろに立っていた男の人が言った。長く伸ばした髪をドレッドにしているその人も充分怖い。

「おー。ウーヤンおったか?」
刺青の人、「森やん」さんが私の背後に向かって言った。振り返ると楽屋の入り口から、やっぱり怖そうなリーゼントの男の人が両手に自販の紙コップを持って入って来てた。
「いねぇなぁ―――おっ、お嬢ちゃん気がついたんか。ホラ、これ飲むか?」
私に紙コップを差し出してくれる。
「は、はいっ」
慌ててその紙コップを受け取る。紙コップの中は温かいコーヒーで。私はコーヒーが飲めないことに気がついたけど、まさか言い出せるわけがない。何だか飲まなかったら叱られそうで、私は紙コップに恐る恐る口をつけた。
熱くて、苦かった。
コーヒーをくれた人は、もうひとつの紙コップをテーブルの上に置くと、壁に立てかけられてたギターを抱えて、パイプ椅子に座った。
「すごい勢いでひっくりかえったもんねぇ。大丈夫か?」
言いながらジャカジャカとギターを鳴らした。
「はい。…あのっ……」
楽屋を間違えたこと言おうとして口を開いたとき、バタンと、勢いよく楽屋のドアが開いた。
「ゲームコーナーに出ないと……、何?その子?」
やっと、普通の人が現われた。大声で話しながら入ってきた人はジーンズにTシャツにスタッフジャンパーらしき黒っぽいブルゾンを着て、首からお馴染みのパスをぶら下げている。私のよく知っているタイプの大人だった。正直、心底ほっとした。
「そこのドアんとこで森やんとぶつかって倒れたけん。どーすんべと思って。ウーヤン探してたんだぜ?」
「倒れたって……」
ウーヤンと呼ばれたマネージャーらしき人はまじまじと私の顔を見た。私はどうしていいか分からずに頭をかいた。
「この子……」
「そんなことより、何て?」
森やんさんが静かに言った。その口調は、ほんの一言だったけど私に話しかけてくれた口調とは全く違った。静かだけど……なんて言うか突き刺すような声だった。
「それが……、プロデューサーが、他のコーナーに出ないんなら歌わさないって」
「何だよそれ。そんな話聞いてねぇよ」
ドレッドの人が言う。
「俺も今聞いたんだよ、初めからこんな話だったらブッキングなんかしないよ。バラエティー畑から来た大物のプロデューサーか何か知らないけど、全く話が通じないし―――」
「ウーヤン」さんが言い訳するように早口に言った。
何だか知らないけど、揉めてるみたいだ。
やだな。
怖そうな人たちなのに―――。
その時私はそう思ってた。

「じゃあ、帰るべ」

森やんさんが立ち上がった。
一瞬周りの雰囲気がしんとなる。
私も、何だか分からないけどより一層、緊張した。

「帰るって……」
ウーヤンさんが口を開きかける、森やんさん以外のメンバーの3人はニヤリと顔を見合わせて笑った。「そう言うと思ったよ」そんな感じの笑い。
森やんさんが吐き捨てるように言う。
「歌わさんちゅうなら、歌わんでよか。俺らはテレビなんかで歌わんでも歌うとこはあるけん」

ぞくっと、した。
私はこの人たちを知らない、けど。
この人たちには何か分からないけど、すごい信念みたいなモノがあるんだと感じて。
そして、そんなものを持ってる大人を初めて見て。

森やんさんはさっさと帰り支度を始めた。ボロボロの革ジャンをはおり、タバコをポケットにねじ込み、ギターケースを肩にかける。
「ちょ、ちょっと待ってよ、森やん」
慌ててウーヤンさんが止めようとする。
「ムリムリ、森やんが歌わんちゅーたら絶対歌わんけん」
「向こうが歌わさんっちゆーとろう?なーんも問題なか」
他の人たちも帰り支度を始めた。

「で、でも……」
「テレビの中でアホヅラ晒しておしゃべりするのは、ロックやないけん」

か、かっこいい……。

そして、私の存在をすっかり忘れてしまったかのごとく、森やんさん達は楽屋を出て行こうとする。おろおろと後を追うウーヤンさん。
私はこのままここに一人とり残されるのでしょうか?と思ったけど、よく考えたら、別にとり残されてもどうってことないことに気がついて。あ、でもまだお礼も言ってないや。

すると、ドアの向こうから控えめなノックの音、そして遠慮がちにドアが開いた。
「あのー、すみません、つかぬ事を伺いますが……、うちの吉澤が……吉澤っ!!」
マネージャーの姫野ちゃんだった。
私と姫野ちゃんを繰り返し見ていた森やんさんが優しく笑った。
「お迎えが来たみたいで。よかったな、お嬢ちゃん」

その時には、もう、森やんさんが怖くなくて、いや、ちょっと怖かったけど、でもすごく優しい目をしていることに気付いていた。

**********

私は、手にしていた雑誌をラックに戻した。ぶらぶらとジュースの並んでいる冷蔵庫に向かい、ガラスの扉を開いて缶コーヒーを手に取った。
あの日から、飲めるようになったコーヒー。
本当は、あの日から飲めるようになったんじゃなくて、あの日から飲めるように練習し始めたんだけど。まだ、あんまりおいしいとは、ホントは思えないんだけど。でも、ウーロン茶は「ロックじゃないけん」。
そしてコンビニを出ると、私はまた歩き始めた。私の計算では目的地までもう近いはず。その証拠に見た目ロッカーな人たちがちらほらと目に付き始めた。

そんな人たちと、同じ方向に足を運ぶこと5分。激安ドラックストアチェーンの店とコーヒースタンドの間に挟まれた、地下に降りる狭い階段の前に私は立っていた。
切り立つように階段を挟む壁には何重にも重ねられすぎて全く読めないスプレー缶の落書きや、無秩序に貼り付けられた白黒コピーのフライヤー。
私が、想像していた通りの場所。
でも、初めての場所。
心臓のばくばくがより大きくなって、私はそっと息をついた。
ずっと待ち望んでいた場所なのに。
やっぱり、一人でこんなところに来てしまったのがちょっと怖くて。
地下に降りる最初の一歩をためらった。

私は、ライブハウスに来ている。
あの人たちのライブを見に。

**********

「何で……!!」
自分が探しに来たくせに、姫野ちゃんはそこにいる私を見てそう言った。
そうして初めて、私は自分が、気がついたときのまま上半身だけ起こしてソファーの上に足を投げ出して座っていることに気がついた。しかも紙コップを両手で持ったまま。ひょっとして私、怖いロックの人たちの楽屋ですっかりくつろいでるように見えたりする?
「いや、やっぱりそうですよね。モーニング娘。さんですよね」
ウーヤンさんが、やっぱり言い訳するように言ってくれた。
「すみません、僕も今楽屋に戻って来たんですけど、どうやら入り口のところでウチの森山とぶつかって、脳震盪をおこされたみたいで。僕がいなかったんで、とりあえずそこに寝てもらって。今、そちらに連絡させて貰おうと思ってたんですけど。いや、多分、あの、大したことはないと思うんですけど」
「いやいやこちらこそ、ちょっと局内で吉澤とすれ違っちゃって、いつもここに来るとこちらの控え室を使わせてもらってるんで、勝手にここに来ちゃったと思うんです。すみません、ご迷惑をおかけして―――吉澤、大丈夫?」
姫野ちゃんの言葉に私は慌てて立ち上がった。

ウーヤンさんと姫野ちゃんの会話を聞いていた森やんさん達は、ウーヤンさんに軽くうなずくと楽屋から出て行った。ウーヤンさんも慌てて後に続く。
私と二人っきりになると、姫野ちゃんは呆れた顔で私に言い始めた。
「もー、どこ行ったかとマジで心配したんだから。でもまぁよりにもよって……」

まだ、お礼言ってない!

私は何か言ってる姫野ちゃんを無視して楽屋を飛び出すと、慌てて森やんさん達の後を追った。何だか分からないけど、絶対にお礼を言わなきゃいけないような気がしてた。

「あのっ!」
後ろから声をかけると、みんなが一斉に振り返った。
「ありがとうございましたっ!」

「おう、またな」

森やんさんはにっこり微笑むと、軽く右手を上げた。
そして背を向けて行ってしまう。
森やんさんがぼそぼそ言うのが聞こえた。

「なぁ、モーニングなんちゃらってなんね?」
「さぁ。アイドルやなかと?」

やっぱり、かっこいい……。

と、廊下に立ち尽くして彼らの背中を見送ってると、背後から姫野ちゃんの声がした。
「はー、やっぱ渋いねぇー」
「姫野ちゃんっ!あの人たち誰っ?知ってんの?!」
姫野ちゃんは驚いた顔で私を見た。
「知らなかったのっ?……って、知らないよねぇ、吉澤の歳じゃ」
「教えてっ」
「すごい人たちなんだよ。もう20年ぐらいメンバーチェンジなしで続けてる、ロックの大御所なんだから」
私よりずっと小さい姫野ちゃんは、背伸びをするようにして私の頭に手を載せた。
「吉澤はとんでもない人たちにお世話になったねぇ」
「何て、何て名前?」
「モッズ、ボーカルの人は……森山さん、だっけねぇ」

「モッズ……」
私は心の中で何度もその名前を繰り返した。

**********

ここまで来て、ライブを見ずになんて帰れない。
私はポケットの中に手を入れて、生まれて初めて自分で電話をかけて取った、今日のライブのチケットに触れて感触を確かめた。
このチケットが家に届いたときの、ドキドキ。
それから毎日、今日という日を指折り数えてた。

絶対、モッズのライブを見るんだ。
私は意を決して、薄暗い階段をゆっくり降りはじめた。

階段を降りきった先には、狭いチケット売り場があってその向かいにはタバコの自動販売機とトイレの表示の出ている狭い通路、その奥に重そうな、黒い防音のドアがあった。そのドアの前に、見覚えあるスカジャンを着た親子。
コンビニの前でぶつかりそうになった親子だった。
男の子は、私に気付いたようにじっと階段を降りる私を見ていた。

私は油断していた。

頭のどこかで、モッズのライブに来るような人たちが娘。のことを知っているはずがないという、何の根拠もない考えがあったのかもしれない。

「やっぱりモーニング娘。のおねーちゃんだぁ!」

私を見つめていた男の子は、子供特有のよく通る声で、叫んだ。
私はぎょっとした。
心臓を鷲掴みにされたような気分になった。

「ねぇねぇとーちゃん、やっぱり、さっきのおねーちゃんモーニング娘。だよー!」

お父さんもびっくりしたようにじっと私の顔を見上げていた。
私はとっさに階段を駆け下りた。
悪魔のように「モーニング娘。」を連呼する男の子に飛びつくようにして、口を押さえた。
男の子は驚いて、体をよじって逃げようとした。
父親も驚いて、呆然と私と息子を眺めていた。
私は―――私も、とっさにそんな行動に出た自分にとても驚いていた。

先に我に帰ったのは父親だった、慌ててじたばたともがいている息子を助けようとした。私の腕を強い力で掴む。それでも私は男の子の体を離さなかった。男の子は泣き出した。

「お願いです。私モッズのライブが見たいんです。お願いです。言わないでください。お願いです」

気がついたら、私も泣いていた。
何も泣くほどのことでもないのに。
でも、泣きながら必死に頼み続けていた。

「お願いです。モッズが好きなんです。おねが……」

何事かと、周りに人が集まりだした。
号泣しはじめた私に、泣いていた坊やも、力ずくで坊やをひき剥がそうとしていたお父さんも唖然と私を見ていた。
そして、お父さんは、息子をそっと私の腕から引き離して、自分の胸に抱き上げた。それから、しゃくりあげている私の腕をとって、人だかりから避けるようにさっき来た階段を引き返した。
私はお父さんに引っ張られるままに、再び地上にもどった。

**********

姫野ちゃんに連れられて、やっと本当の娘。の楽屋に戻った私は、メンバーのみんなに取り囲まれた。
「よっすぃーどこいってたのぉー?」
「よしこダセェ!!」
「心配したんだからねぇ」
みんなが口々に言う。

私は、姫野ちゃんに早くメイクをしろと言われながらも、ことの顛末を面白おかしくみんなに話してあげた。

「でね、ぱっと目が覚めたらさぁ、もう、すごいの、ここんとこからここんとこまでばーって刺青した男の人がオイラの顔を覗き込んでるワケよ」
「うぇー、こわーい!」
「そう、もうマジびびっちゃってぇ。でもさぁ。すげぇかっけーのっ!」
「えー刺青でしょお?やばいじゃぁん」
「ちがくて。すげぇ優しかったんだぜぇ」
「ほんとにぃ?」
「もうさ、とにかくロックなワケよ!」
「えー、今時ロックなんて、ちょっとダサくない?」
「え?」

どうも上手く伝わらなかった。

「で、何か揉めだしちゃってぇ。でもすげぇかっけーくて。そんなのロックじゃないけん。とか言ってー」
「えー、よっすぃー、それやっぱちょっとダサいよぉ」
「そ、そうかな?」
「なんとかじゃないけん、って、「朝日ソーラーじゃけん」みたいー!」
「ぎゃはははは」
「そりゃ、菅原文太だよぉ」
「でも、何か、ちょっとカッコつけてない?何かなりきってるってカンジー!」
「ちょっ…そんなこと…」
「あれじゃない?よっすぃーがいたからさ、いいカッコしたかったとか」
「ありえるー!!」
「ちょっと待ってよ!そんなことないよ。だって娘。のことも知らなかったんだよーっ!!」
「えー、そんなのありえなーい。よしこ騙されたんだよー」
「実はぶつかったのもワザとだったりして!」
「ぎゃはははは」

くやしかった。
本当にカッコよかったのに。

「だってさぁ、大体その人たちもう20年とかやってるってことは、すっごいオジサンなんじゃないのー?」
「絶対ウチのおとーさんより年上だよー」
「やだー、さっぶーい!」
「でも、よしこ趣味悪いもんねぇ」
「オヤジ好きだもんねー」
「オヤジロッカーだよぉ!きしょーい!!」

「うるせぇっ!!!!!」

悔しくて、気がついたら大声で怒鳴ってた。
周りがしーんと水を打ったように静かになる。

「はいはい。お喋りはそこまでにして。みんなちゃんと台本チェックしたの?吉澤は早くメイク済ませちゃいなさい」
姫野ちゃんの言葉で救われる。
みんな、少し躊躇してから、口々に「よっすぃーごめんね」と言って、私のそばから離れて行った。
バカみたいに熱くなって大声を出したことが恥ずかしくなった。
みんな悪気があったわけじゃないっていうのはちゃんとわかってるのに。

収録の合間、さっきの騒ぎに加わらないで一人だけ遠巻きに私達を見ていた飯田さんに尋ねた。
「さっきの話、そんなにダサかったですか?」
飯田さんは優しく笑って私の頭を撫でた。
「よっすぃーは人気者だから。急に男の人の話、しはじめたから、みんなちょっとヤキモチ焼いたんだよ、きっと」
「?」
「よかったじゃん、素敵な出会いがあってさ」
飯田さんにそう言ってもらって、私は嬉しくなって、いつものようにはしゃいでるみんなの元に戻った。

その日、家に帰るとすぐ、私はインターネットで「モッズ」を検索した。
そして、いろいろなことを知った。
私が思っているよりずっとすごい人だと思った。
やっぱり、かっこいいと思った。
でも、ちょっとショックだったのは、お父さんより年上だったことだった。
いや、でも、だからこそかっこいいんだよ。
……って、やっぱり、オヤジ好きなのかなぁ、私。

そしてその次の日には、何軒もCD屋をまわって、モッズのCDを買ってきた。
ドキドキした気持ちでプレイヤーにCDを載せる。
キュルキュルキュル。
プレイヤーの中でCDをロードする微かな音。
次に聞こえてきた、脳髄に直接響いてくる音そして声。

私は、その瞬間にノックアウトされてしまった。

今まで私が聞いていた音楽が、全て「生ぬるい」としか感じられなくなる程の、圧倒的な激しさ、強さ、そしてストレートさ。
ひとっかけらのごまかしもない音楽。

きっかけは、彼らの楽屋に入り込んでしまったことで。
それで、今まで知らなかった、自分にとってカッコいいと思える世界の人たちに会って。
その、怖さや、渋さや、ちょっとした優しさや、話し方や、仕草や。
そんなものに憧れみたいのを持ったことだったけど。

そんな表面的なモノを全て吹き飛ばしてしまうほどのパワーにヤられてしまった。
心の底から痺れてしまった。
突然、私の体の中に新しい血が流れ始めた。
そんなカンジ。

やっぱり、ダサいのかもしれない。
人によっては、ストレート過ぎてこっぱずかしいのかもしれない。
今どき、こんなの全然流行らないのかもしれない。

でも、私は、これがいい。
これが、私の求めていたモノだと思った。
ロック、ロック、ロック。
ダサくてもいい、流行らなくてもいい。
私に必要なのはロックだ。

We Are The MODS!!!
ROCK 'N' ROLL バンザイ!!!

**********

男の子のお父さんは、ぐじぐじとベソをかいてる男の子を抱いて、しゃくりあげながら泣いている私の腕を引いて、ビルの裏手の人気ない駐車場まで歩いた。
そこまで来ると、男の子を降ろし、私を輪止めの小さな段差に座らせた。

「驚いたな…。本当にモームスなの?」
恐る恐るといったように、お父さんが私に話しかけた。私は何とか涙を止めようと、ごしごしと目をこすりながら、こくこくとうなずいた。
「ていうか、何でモームスが、こんなとこにいるんだよ……」
独り言のように、呆れたようにお父さんがつぶやく。
私は思わず顔を上げて、お父さんに向かって言った。
「違います。私モームスじゃないです。いや、本当はモームスですけど。そうじゃなくて、ただ、モッズのライブが、どうしても見たくて。ただ、本当に見たかっただけで。一人でライブに来たり、こういうところも初めてで。あの、変な……、急に泣いちゃったりして、すみません」
お父さんはじっと私を見ていた。
坊やが、私の前にちょこんとしゃがみ込んで、私の顔を覗き込んだ。
「ボクが、おねーちゃんのこと、モーニング娘。のおねーちゃんだって言ったから、おねーちゃん泣いちゃったの?ボクのせいなの?」
私は慌てて首を振った。

「もう、15年以上前の話だけどさぁ。俺も初めてのコンサートがモッズでさぁ。あの時はすげぇ興奮したし、緊張したなぁ。昔だし、田舎だったしさ、もう、モッズが来るってだけで町中大騒ぎでさぁ。地元の市民会館に、なけなしの小遣いはたいて買ったチケット握り締めてさぁ。もう、モッズっていやぁ神様みたいなもんだったからなぁ」
お父さんは、私に聞かせるでもなく、そう呟いた。それから、私を見て優しく笑った。
「でもさぁ、珍しいよな。まだ10代だよね。そんなにモッズが好きなの?」
「す、好きです」
「そぉかぁー。いやー、何かいいよなぁ。あの時の俺の気持ちを、今、君が体験してるなんて、何か不思議な感じだなぁ。それも、同じ、大好きなモノに対して、ね」

お父さんはしみじみと言うと、腕時計に目を落とした。
「あ、やべ、そろそろ開演だよ。もう大丈夫だよね?」
「あの、私、帰ります」
「え?」
「やっぱり、騒ぎになっちゃうとまずいし。やっぱり、モームスなんかが見に来てるって分かったら嫌がる人もいると思うし。また、今度、もっとちゃんと変装して、見に来ます」
お父さんと話して、やっと冷静さを取り戻した私は、ちょっと勢いをつけて立ち上がった。
「その、本当に、迷惑かけてすみませんでし―――」
「モッズ、好きなんじゃないの?」
「え?」
「好きで、好きで、どうしても見たいんじゃないの?」
「でも……」
「今夜の、このステージは、今夜しかないよ。見なくても本当にいいの?」
「……見たい……です、けど……」

私が答えると、お父さんは小さくうなずいてみせた。
そして、坊やの方に向き直り、しゃがみ込んで目線を合わせた。
「よーし、いいか、今晩だけこのおねーちゃんをかーちゃんって呼ぶんだぞ」
「何でだよ。やだよ、かーちゃんはウチにいるじゃねーか」
「いーから。このおねーちゃんは、とーちゃんと同じモッズが大好きなんだぞ」
「ボクは嫌いだもん。うるさいし」
「そんなこと言っていいのか?オマエのせいでおねーちゃんは泣いちゃったんだぞ。男のクセに女の子泣かして責任とらないつもりか?」
「う……」
「わかったな、かーちゃんて呼ぶんだぞ。しかも出来るだけ大きな声でな」
「わーったよっ!」

私は、ただただ驚いて、二人のやり取りを見ていた。
っていうか、そんなのかなり無理があるんじゃ……。
私の考えを読んだように、お父さんが私に笑いかけた。
「大丈夫だよ。今から行ったらすぐに開演だし、ライブ始まったら、誰も他のヤツのことなんか見ちゃいねぇから」
そして、最後に自信なさそうに付け加える。
「……多分」

坊やが、私の手の中に小さな手をすべり込ませてきた。
「かーちゃん」
照れくさそうに、私を見上げてそう呼んだ。

「まぁ、がんばって、ここまで来る冒険したんだろ?だったら、もうちょっと冒険してみようよ」
私は、大きくうなずいた。
そして心の中で呟いた。

ここで諦めるなんて「ロックじゃないけん」ね。

さっき、初めて会った、知らない親子と。
坊やを真ん中にして、手をつないで、あの、ライブハウスの大きくて黒い扉を目指して駆け出した。

私は、芸能人で、アイドルで、モーニング娘。で。
普通の人には出来ない経験や出会いをいっぱいしている。
でも、あんまりにも時の流れが速すぎて、ひとつひとつを大切にしている時間なんて全然なくて。
ただ、誰かに急かされるままに毎日生きているような気がしてた。
そのうちに、自分が生きてるんだって実感することすら、少なくなってしまっていたのかも知れない。
何かに焦って、何かを必死に求めてた。

でも、私は、何かの、ほんのかけらを見つけたような気がする。
ひとつの出会いが、次のかけらを生み、そしてそれがまた別のかけらを生む。
飯田さんの優しい笑顔を思い出す。
「よかったじゃん、素敵な出会いがあって」

私は、このかけらを集めて生きていこう。
そして、いつか、何かを手に入れてやる。

坊やとお父さんと、即席かーちゃんの私は、息を切らして、その扉の前に立った。
この扉を開いたら、クレイジーロックが聞こえてくるはず。
そして私は、また、次のかけらを手に入れるはず。

私は、その扉に、ゆっくり手をかけた。


おわり


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