苦労人保田  −ノーリアクション番外編−


「はあああああああ」

アタシは本日何度目かのため息をついた。
スタジオの窓から見える、やけに嘘臭い朝の青空すら何だか腹立たしい。
寝不足で頭が痛い。

アタシは大して広くもない自動販売機と灰皿がおいてあるだけのロビーで、買ったばかりの缶コーヒーでぼんやりした頭を冷やしていた。安っぽいビニールの長いすにだらしなく全体重を任せて。

今日はスチール撮影だっていうのに、昨日の吉澤と石川のごたごたのせいで結局あんまり眠れなくって。おかげで肌の調子は最悪。まったくアタシが何をしたっていうのよ。

だいたいアタシは元々人の悩み相談なんかに嬉々として乗るタイプじゃない。自分自身、自分の悩みを人に話したりなんてしないし、自分のことを決められるのは自分しかないと思ってるから。
それでも、自分と同じようにあんまり悩みなんかを人に相談したがらない吉澤が、よりによってアタシに助けを求めてきたりしたもんだから。アタシはついうっかり柄にもないおせっかいを焼いてしまい、そのうえ、多分余計に話をややこしくしてしまったような気がする。
それで、結局何もできなかった自分に無力感を感じたり、自己嫌悪を感じたり。あの後二人がどうなったのか心配したり。
ていうか、よく考えたらアタシは何の関係もないのに、何であの二人のゴタゴタ(しかも夜の生活の!)に巻き込まれてこんなに思い悩まなくちゃなんないんだ、と気がついたのは東の空も明るくなってきた頃だった。
まったくバカバカしい。

と開き直っても、心配なものは心配なんだよねぇ。
我ながらやっかいな性格だな、アタシも。

そんなことを考えながらぼんやりと窓の外を見ていると、突然入り口の方から悲鳴が上がった。

「きゃあああああ!」

マネージャーの声。
彼女はいつも大げさだから、悲鳴ぐらいではそんなに驚いたりしないけど。
アタシは何気に声の方を見た。

「アンタっ、その顔!どうしたのよっっっ!!」

今日はまだコンタクト入れてないし、よく見えないけど、どうやら石川が到着したようだった。おろおろしたマネージャーとしょんぼりとうつむいている石川の姿が見えた。マネージャーはしばらく石川と何か話してからスタジオの方に駆けていった。

取り残された石川は俯いたままとぼとぼとこちらの方に歩いてきた。

石川の表情がわかるくらいまでアタシ達の距離が縮まって、さすがにアタシも息を呑んだ。

「どしたの?アンタ、その顔」
「あ、保田サン。おはようございます」

寝不足で肌の調子が悪いアタシどころじゃなく、石川の顔は、普段の1,5倍にむくんでパンパン。目は鶴瓶サンかえなりクンを思わせる腫上がり様。

普段なら、カナーリ笑える顔なんだけどねぇ。

昨日の今日で、明らかに寝不足で「昨日は号泣してました」と言わんばかりの顔を見せられちゃ、笑えねぇっつーの。こりゃあ、破局かなぁ。

どことなく生気のない顔をして、アタシのそばでぼーっと突っ立ってる石川に、何と切り出そうかと思案していると、片手にアイスノンを持ったマネージャーが走ってきた。

「メイクさんに貰って来たから、これで冷やして!アンタの撮影なっちの後に回すから、ちょっとでもまともな顔に治してちょーだいっ!」
「すみません」
「保田、なっちは?」
「腹減ったって、コンビニ行きましたよ」
「あーもぅっ!どいつもこいつもっ!!」

マネージャーはヒステリーを起こしながら、なっちを迎えにいくのか出口に向かって猛ダッシュで去っていった。落ち着けよ。

アタシは、だれんと座っていた体を起こして、マネージャーに突きつけられたアイスノンを手に持ったまま相変わらずぼけーっと突っ立っている石川のためにスペースを作ってやった。

「座んなよ」
「ああ、すみません」

慌てたように、アタシの横にぺたんと座り込むと、アイスノンを目に当てた。火照った顔に気持ちいいのか小さなため息をもらした。

「で、昨日はあれからどーなったワケ?」

アタシが切り出すと、石川は慌ててアイスノンを顔から離してアタシに向き直った。
「あ、昨日は、いろいろすみませんでした」
「いいから、ソレ当てときな。すげぇ顔してるし、アンタ」
アタシがいうと、石川は情けない顔をみせて、再び顔を冷やし始めた。

「そんな顔してるってことは・・・」
「あのっ、仲直り、したんです」
アタシの言葉をさえぎって石川が言った。
「じゃー何で、そんなひどい顔してんのよ」
「いや、昨日はいっぱい泣いちゃったんで。でも、もう大丈夫!もぉ、今まで以上にラブラブですっ!」
何だ何だ、吉澤の話になったら急にテンションが上がりやがった。ていうかぼけっとしてたのは単に寝不足かいっ。

「さいですか」

バカバカしい。
寝ないで心配してたアタシはなんだったんだ。

「昨日、保田サンのとこから帰ってきたら、よっすぃーウチに来ててぇ。何か最初はちょっと怖かったりもしたんですけどぉ。でも、何か全然そんなことなくて。ていうか、もうちょーよっすぃーかわいーって感じでぇ」

しまった。はじまっちゃったよ。石川のオチのない支離滅裂ノロケ話が。

まぁ、でも、いいか。
昨日のネガティブ吉澤と話してたときはどうなることかと思ったけど。うまく収まるところに収まったんなら。
それにしても、あの天真爛漫吉澤がネガティブモードに突入するとあんなにブラックになるとは知らなかった。大体、吉澤は結局石川に全部話したのかねぇ。カナーリ屈折してたけど。
ていうか、肉体派器用貧乏吉澤が不感症って。
事実は小説より奇なり。アタシってば学があるなり。

ん?ちょっと待てよ。ということは・・・。

「ちょっとぉ、保田サン、ちゃんと聞いてくれてますかぁ?」
石川が不満そうな声を上げる。
ていうか、聞いてねぇよ。

アタシは、石川の言葉を無視して、やさしーーーく微笑みながら尋ねてみた。

「で、吉澤は、どうだったの?」

言葉では、はっきり言わずに。
でも吉澤「に」したんでしょ?という含みを持たせて。

「うん、もぉ〜〜〜、かわいかったぁ〜〜〜〜」

石川は、アイスノンを放り出すと、ここ数年見たことのない、両手のこぶしを口元に持ってくるという伝統的ぶりっ子ポーズで、心持ほほを赤らめながらも満面の笑みを浮かべて言った。相変わらずベタなやつだなオイ。

「ほー、なるほどなるほど。犯っちゃったわけですね」

ニヤニヤしながら言ってやると、石川は誘導尋問に引っかかったことに気がついて、オタオタし始めた。
「あっ、ていうか、犯っちゃったとかそんなんじゃなくて、別にまだ最後までしたわけじゃないしっ」
「ふーん、途中までなんだ。それでも吉澤は可愛かった、と」
「いやっ、あのっ、そうじゃなくてっ」
「そうかそうか、寝不足はそのせいか。やらしーなー石川」
「そ、そんなことないです。違いますもん。いろいろお話とかしててっ」
「何よ?したんでしょ?」
焦ってワケのわからないことを口走っている石川に追い討ちをかけるように言ってやると、ごまかし切れないことを悟ったのか、半べそになって言った。

「私が喋っちゃったってよっすぃーには言わないでください〜〜〜」


その後、しばらく石川をからかって遊んでいたら、撮影の終わったなっちが石川を呼びに来た。
「梨華ちゃん、顔むくんじゃったんだって〜?次行ける?」
石川がアイスノンを顔から離すと、ほとんどいつもどおりに戻っていやがった。その若さが小憎たらしい。活発な新陳代謝カンバーック!
アタシにいじめられたおかげで目も覚めたのか、どうやら吉澤と愛を確かめ合った(ケッ!)ことでいつも以上にテンションの高い石川は、スキップでもしかねない勢いでスタジオの中に消えていった。

「はああああああああ」

アタシは、また、本日何回目かのため息をついた。
バカバカしい。
寝ないで心配し(略。

ずっと、自分の顔に当てていたせいですっかり生温くなった缶コーヒーを開けて一気に飲み干した。口の中に缶コーヒー独特の甘ったるい味が広がった。

まぁ、でも、いいか。

結局は、可愛い二人の一生懸命さに微笑がもれる。
そういや、ずいぶん恋愛なんてしてないなぁ。
若いって・・・。

「若いっていいなぁ〜って思ってるでしょ?」

まるで、心を読まれたかのようなセリフが背後から聞こえて、アタシは飛び上がらんばかりに驚いて振り返った。

「ごっつぁん!」

何列か並んでいる長椅子の、アタシのひとつ置いた後ろで、相変わらずの眠たそうな顔をした後藤がひょこんと顔を出している。ていうかアンタ、なんでこんなとこで寝転がってんだよ。

「聞いてたのね?」

満面の笑みでこくんとうなずく後藤。おーい、いしよし、ごっつぁんにもバレてまっせー。

「寂しかったら、またごとーが相手してあげよっか?」

後藤の言葉に、はたと気づく。
そうだよ、元はといえばこいつが吉澤に余計なことをばらしたおかげで、やつらのゴタゴタにアタシが巻き込まれたんじゃないかオイ。元凶はこいつだよ。

「ごとぉぉぉぉぉ。アンタ、吉澤にしゃべったわねぇぇぇぇぇ」
「ひえー。圭ちゃんこわーい。メデューサみたーい」
「今日という今日は、アンタのその寝ぼけた顔に半べそかかしてやる」
「いやーん、ゆるしてぇー」

笑いながら逃げ出した後藤を追いかけるアタシ。

朝からため息ばっかりついてたけど。
まぁ、それなりに一件落着ってことですか、ね。

はい、メデタシメデタシ。


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