『深色』


中澤さんはあたしを抱いてくれる。
いっぱい気持ちよくしてくれる。
自分が女の子なんだって気づかせてくれる。

それだけのカンケイだと思ってたんだ。

娘。は女の園。
変な遊びが横行してる。
歪んだ遊び、歪んだ関係。

あたしがこうなる前は、あたしの役を中澤さんがやってた。
ううん、そう言うより、あたしが中澤さんの役を引き継いだ。

誰と誰がどう関係してるかなんて分からない。
でも、多分中澤さんは誰でも抱いただろうし、あたしも、誰でも抱いてる。
それはそれで楽しい。
みんな可愛い。
みんながあたしを取り合いするのも楽しい。

でも、それではおさまらないこともあって。
あたしだって誰かに甘えたい。
誰かにキスをねだったり、優しく抱きしめられたりしたい。

だけど、気がついた時には。
誰に教わったわけじゃなく。
誰に強要されたわけでもなく。
あたしは自然とみんなの彼氏になってた。

そんなとき、中澤さんに呼び出されて。
中澤さんは苦手だった。
あたしは本当は卑屈でいやらしい人間だから。
この人は誰のことが一番好きなんだとか。
あたしより誰かの方を可愛がってるとか。
いつも自分の中でそんな順番を決めてしまう人間だから。
だから、中澤さんに嫌われてるとは思ってなかったけど。
でも、他のメンバーに比べたら愛されてないって思ってたから。
だから苦手だった。
そういうのいいことじゃないって分かってるけど。
そういう風に思ってるから、なかなか彼女に心を開くことなんてできなかった。

だから、中澤さんと二人っきりになって。
あたしはすっごく緊張してて。
中澤さんも、他のメンバーにするみたいにふざけてじゃれついてきたりしなくて。

「する?」
中澤さんはあんまり表情を変えないで、そう言った。
ああ、あたしは今日は中澤さんを抱くんだ。
そう思った。
なんだ、いつものことか、って。

でも、いつもと違った。
全然違った。

あたしは男の人を知らない。
彼女達を愛することはできるけど、愛されたことはなかった。
それが初めての体験だった。

強いと、雄々しいと思ってた自分が。
切れ切れの声と、涙まで流して。
こんなに女だったんだって初めて知った。

それは怖かったし。
何だか悔しい気もしたし。
恥ずかしかったし。

でも、決して嫌じゃなかった。

誰かの腕の中でまどろむということ。
その温かさ。
それが、あたしより細い腕でも。
与えられた安らぎ。

「どうして?」
あたしは聞いた。
「何か…、しんどいやろなって思て」
中澤さんの細くて甘い声。

あたしたちは同士。
彼女達のナイト役を仰せつかった同士。
だから、あたしの気持ちが分かるんだって思った。
だから、助けの手を差し伸べてくれたんだって。

でも、心は痛んだ。

だってそれは。
それは。
あたしを愛してるワケじゃないってことだから。

いいよ。
何で?
それでもいいのに。

あたしだって中澤さんのこと愛してるわけじゃない。
なのに愛を求めるなんて卑怯だ。
中澤さんはただ、常にナイトでいなきゃいけないあたしにちょっとした安らぎを与えてくれただけ。
それだけで十分なこと。
あたしは救われた。

なのに、どうして心が痛い?

「あたしは大人やからよかったんよ。ちゃんと自分のことコントロールできるし。自分で自分に言い訳するんも上手やから。けど、よっさんはしんどいやろな、と思って。こんな可愛いのに、まだ子供やしな。そやのにこんな役回りになってしもて。何でこんな風になってしもたんやろな。歪んどるとは思うけど、やけど、しょうがないんよ」

中澤さんの言ってることは何となくわかった。
中澤さんは何よりも娘。を愛してる。
あたしはもちろん、中澤さんの大好きな矢口さんや安倍さんよりも。
何よりも娘。を愛してる。

だから。
これは「ガス抜き」なんだって。
娘。の中では居ても居なくても一緒のあたしだけど。
あたしがナイト役をやめてしまったら娘。は壊れてしまう。
だから、あたしがこれからもナイト役を続けられるように。
つまり娘。を守るために。
あたしを愛してくれたんだって。

大丈夫。
それが何?

それでもあたしは救われたし。
あたしだって、娘。を愛してる。

こんな、ちっぽけな痛みなんて。
全然。
無視できる。

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目の前に置かれた小さな包み。

あたし、何でこんなの買ったんだろう。
あたしと中澤さんの間の出来事にはいつだって、何の心も無かったのに。
そこにあるのは行為だけだったのに。

ゴールドの細いチェーンの先に紅いルビーのピアス。
こんなのあたしに似合わない。
中澤さんにしか似合わない。

これをウインドウの中に見つけたとき。
中澤さんの顔のそばで揺れるこの紅い石の映像が見えたんだ。
中澤さんの笑顔と一緒に。

多分、だから。

今日は中澤さんの誕生日。
特別な日。
こんな日に、会えるわけ無いのに。

こんなの、あたしらしくないね。
でも。
あたしは、両手で顔を覆って。
女々しい細い声を漏らして。

泣いた。

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『なんや?声、おかしいで?』
「そ、んなこと、無いっすよ」
『なにしとんの?家?』
「家です。ぼーっとしてました」
『―――今から、会いにこん?』
「はぁ?中澤さん、今日誕生日でしょ?」
『よーしっとるやん』
「安倍さんとか矢口さんとかプレゼント用意してましたから。会うんじゃないっすか?」
『あはは。あたし今日で三十路やで?何にもめでたないっちゅうねん。祝われたないわ』
「だから、あたし、なんですか?」

『遊ぼーに』

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祝われたくないなんて言いながら、仕事が終った後スタッフの人たちが軽く誕生パーティーを用意してくれてたみたいで、中澤さんのマンションにつくと、彼女はまだ帰ってなかった。

あたしはドアの前にもたれて立つ。

絶対、持たないで来ようと思ったのに。
どうしても、部屋においておくことが出来なくて、結局ポケットに突っ込んできてしまった小さな包みを指先で確かめる。

夢想する。

『これ、プレゼントです。誕生日おめでとう』
『あたしに?ホント?いやーん、嬉しいわぁ』
『中澤さんに、似合うと思って』
『わぁー、綺麗やわぁ。ありがとう』
『やっぱり、すごい、綺麗です』
『ホンマに、ありがとう』

『吉澤のこと、好きやよ』

違う。
我ながらべたべたの妄想に、笑っちゃう。
あたし達はそんな関係じゃない。

中澤さんの声が頭の中でリフレイン。
『遊ぼーに』

あたしに愛なんて求めてない。

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帰ってきた中澤さんは、ちょっと足元がおぼつかなかった。
酔ってるんだ。

「捨て犬みたいな顔しとんなぁ」

待ちかねて、ドアの前に座り込んでたあたしを見下ろして言った。
あたしは中澤さんの顔を見上げて笑った。
そうしたら、倒れこむようにあたしの上においかぶさってきて。

お酒の匂いのキス。

こういう中澤さんはちょっと意外だった。
あたしの前ではいつも理性的だったから。

あたしは彼女の細いからだを抱きとめて。

ああ、そういうことか。
あたしは娘。達のナイトで。
その前は中澤さんがその役で。
だから、中澤さんはあたしを抱いてくれた。
あたしだってお姫様でいたい時もあるって知ってたから。

だけど。
だったら。
中澤さんだって、お姫様でいたい時があるんだろう。
それに今日は中澤さんの誕生日。

あたしは、とうとう、中澤さんのナイトにまでならなきゃいけなくなったんだ。

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部屋に入って。
あたしから彼女にキス。
細い腕をとって、引き寄せ、抱きしめて。

彼女達にするように。
そして、彼女達に言うように。

「好きです。中澤さん。好きです」

悲鳴を上げるのはあたしの心。
初めて、この言葉が。
こんな風に言うもんじゃないって分かった。

あたしは、中澤さんを、愛してたんだ。

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中澤さんを彼女のベットに押し倒して。
彼女の香水の匂いを嗅ぎながら首筋に口付けて。
いつもと同じ手順。
あたしは男。

こんな風に、自分の愛してる人を扱うべきじゃない。
そんなことは分かってる。
ただ、あたしは他のやり方を知らないから。

貴女が望むなら、あたしはナイトでも―――。

「ソレを演じてる方が、あんたはラクなん?」

冷水のように浴びせられた言葉。
顔を上げたあたしに見えたのは、彼女の頬の上の熱い涙。

「あんたが望むもんは、何でもあげたいけど」
涙が言葉を詰まらせる。
「あたしかて、ときどき、つらい」

あたしは、中澤さんから離れた。
中澤さんが何を言ってるか分からなかった。
何で、あたしが手が届かないくらい大人の中澤さんが、泣いてるんだろう。
それも、あたしのせいで。

あたしは、ぺたんとベッドのそばの床に座り込んだ。
力が抜けてしまった。
何が何だかわからなくて。
でも、彼女を傷つけたことだけはわかって。
どうしていいかわからなくて。
頭を落として床を見つめた。

「違う、ごめん。忘れて」

中澤さんの暖かい腕が、あたしの頭を抱きしめた。
それでもあたしは顔をあげることが出来なかった。
体が金縛りにあったみたいに動かなくて。

「あかん。何やろあたし。せやから、今日はあんたに会うたらあかんって思っとったのに」

独り言みたいにつぶやく。
あたしを抱く腕に力がこもる。

「今日だけ、許してな。あたし、吉澤のこと、すごい―――」

その先の言葉は涙で途切れて聞くことはできなかった。

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「あたしにとって、一番大事なんは娘。やった。もう、田舎でテキトーに結婚してテキトーに人生送るしかないって思とったときに、あたしをここに連れてきてくれたんは娘。やったから。それからいろいろあって、しんどいこともあったけど、あたしはもう娘。やなかったけど。でもやっぱり娘。は大事やった。なっちとかカオリとか矢口とか、みんな可愛くてしょうがなかった。本当の妹みたいに」

「もちろん、あんたらのことも可愛かったけど、やっぱあの子らに比べたら。あの子らのことのが大事やった。やから、あたしがやってた役を、あんたがし始めたとき。あたしは大人やから平気やったけど、あんたに、そんなことさすのは間違いやってわかってたけど。止めることができへんかった。あんたより、娘。やあの子らのが大事やった」

「あんたを抱いたんは、罪滅ぼしみたいなもんやってん。せやのに。みんなの前では、本当に男前な顔見せるクセに、あたしの前では本当に可愛いし。何もかもうまくやっとる様にみせて、本当は不器用で、しょうもないこと結構気にしたり、悩んだり。そんな、あんたの知らんかった顔を知るようになって、どんどんあんたのこと」

「せやけど、ただでさえ歪んだ状況やのに。あたしまでそんなこと言えへん。あんたのこと思えば思うほど、あんたはこんな男役やっとらんと、普通の恋愛するべきやって。せやのにあんたを抱くこともやめれんくって。嘘でもずるい手でも、あんたを傍に置いときたて」

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「そのお喋りはいつになったら終わるんですか?」

あたしはポケットに手を突っ込みながら言った。
中澤さんは涙で濡れた顔をあたしに向けた。

「中澤さんの誕生日、終わっちゃうじゃないですか」

絶対に渡すことはないと思ってた小さな包みを差し出した。

あたし達はなんて遠回りをしてたんだろう。
彼女はあたしを子供だと思い過ぎ。
私は彼女を大人だと思い過ぎてた。

愛したり、愛されたりすることは知ってたのに。
愛し合うことを知らなかった。

「中澤さんばかっかり、泣いたらずるい」
「何ゆうてんの。あんたもさっきから泣きっぱなしやよ?」

そう言われて、初めて自分が泣いていたことに気づいた。

あたし達は顔を見合わせて笑った。
ベッドの傍の床に、二人して座り込んで。
二人して泣き顔で。
ずっと男だったあたし達なのに。

そして、あたし達はベットに行くのももどかしく。
その冷たい床の上で愛しあった。
どちらかがどちらかを愛するんじゃない。
お互いが、お互いを。
本当の自分で。
ありのままの自分で。
愛し合った。

中澤さんの泣き笑いの顔の傍で、紅いルビーが揺れていた。


おわり


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