圭ちゃん卒業記念小説
『ありがとう』


5月5日。
世間ではゴールデンウィーク、こどもの日。
でも、オイラにとっては圭ちゃんが娘。を卒業する日。

それまでも、テレビとかラジオとか圭ちゃんの卒業の話題とかで、オイラがんがん泣いてたし。自分でも泣きすぎて、何かわざとらしく思われるんじゃないかって思ったりしたけど。もう、「圭ちゃんの卒業」って言葉聞くと、条件反射みたいに涙が出てきちゃってさ。だって、苦労したもん。オイラも圭ちゃんも。

だから、今日の圭ちゃんのラストステージも。
みんな泣かないようにしようねとか言い合ってたけど。
もう絶対泣くの分かってたし。
今更ガマンしてもしょうがないっていうか、つーか、ここまで来たら涙が枯れるくらい泣いてやるって気分だったんだよね。

だから、コンサートが終わってステージ裏で圭ちゃんと顔を見合わせたとき、思わずオイラも圭ちゃんも笑っちゃったんだ。

だって、ふたりとも涙と鼻水で、ほんっとうにヒドイ顔だったんだもん。

「アイドルがこんな顔見せちゃだめじゃん?」
まだ、しゃくりあげるのが収まらない声でオイラが言ったら、圭ちゃんは笑って言った。

「アタシ、今日からアイドルじゃないもん」

今までは何か悲しくて何か寂しくて、でも本当に明日から娘。に圭ちゃんがいなくなるなんて全然実感なかったのに。
その言葉で、何か、本当に圭ちゃんがいなくなるんだって。
涙が出たりするのとは、また別の気持ちになった。

つまり、何か、不安っていうか。

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ホテルの広間で打ち上げパーティーがあって。圭ちゃんが挨拶して。これからも娘。をよろしくお願いしますって、自分もがんばりますって。そんでそれが終わってから、かねてからマネージャーさんにお願いしていた、大人チームだけの圭ちゃん卒業パーティー。つまり、圭ちゃんとカオリとなっちとオイラ、4人で。圭ちゃんの顔なじみの都内のレストラン。ご飯もおいしくって、でもゆっくりお酒も飲めるところ。一体圭ちゃんはどうやってこういう居心地のいいお店を探して来るんだろうっていつも思う。

圭ちゃんは、まずはビールってコロナビール。とりあえずオッサンじゃないんだからってつっこんで。飲めないなっちとカオリはウーロン茶って言ったけど、圭ちゃんに「カンパイくらいはつきあいなよ」って言われて、軽いカクテルを。オイラはカルーアミルクって言ったら、やっぱり圭ちゃんに「そんなギャルが男の前で甘えてみせるときに飲むような酒を飲むんじゃない」って怒られて。いや、よくわかんないんだけど。気がついたら目の前に真っ赤なカクテルが置かれてた。
いやー、今日の圭ちゃんもテンション高いわ。

4つのグラスが触れ合って、最近あんまり食べなくなったカオリ以外の3人は、欠食児童みたいな勢いで、目の前に並べられた料理をがっつき始めた。
「ウチら、さっきのパーティーでも結構食べたよねぇ?」
なっちが自虐的に笑う。確かに、これじゃコンサートでどんなに消費したってカロリーオーバーだ。
「いいよいいよ今日は特別っ」
オイラが言う。
「矢口いつもそう言ってる」
圭ちゃんがまぜっかえす。
カオリはそんなオイラ達を微笑みながら見てた。

食事がひと段落ついて、オイラ達4人は昔話に花を咲かせた。
こういうのが、好きだ。昔のことばっか言ってても始まらないのは分かってるけどさ。裕ちゃんのことがどんなに怖かったとか。実はなっちのこと大嫌いだったとか。カオリとは絶対目を合わせないようにしてたとか。実はカオリたちは圭ちゃんのことびびってたとか。もう何回も話したことばっかりなんだけど、そういう昔の打ち明け話をしていると、何かさ、やっぱオイラ達一緒にがんばってきたんだって、確認じゃないけどさ。安心できるのかな。今はもう、こんなことまでぶっちゃけられるんだぞって確認してるのかも知れない。

「一回さぁなっちがキレたことあったじゃーん」
「ああ!あったあった!!」
「オイラと紗耶香が騒いでたらさぁ、うるさいっ!って、バーンって折りたたみの椅子蹴っ飛ばしてさぁ」
「もぉー言うなよぉー!昔のことじゃないかい」

やっぱり、下の子がいると話せないこともある。別に話したらいけないってこともないのかもしれないけど。でも、例えばオイラ達が入ったとき、メンバーからもスタッフからも愛の種の手売りの時の苦労話とか、本当に耳にタコができるくらい聞かされて。もちろん、それはそれですごいことだって分かるけど。オイラ達2期は、そのことですっかり気後れして、自分を出せるまでに余計な時間がかかったって、今になって思うし。だから、下の子達にあんまり苦労話とか聞かせすぎるのもよくないと思うし。だから、最近はオイラと圭ちゃんと石川と3人でよく遊んだりして、反対になっちやカオリと遊ぶこと少なくなったけど。やっぱこの4人でしか話せないこともある。

「そういえばさぁ、この前お豆のプリクラ帳見てたらさぁ、結構男の子と2ショットがあってさぁ!」
「えー!新垣がー!?マジショックー!!」
「やばいよ圭ちゃん、マメにも負けちゃってるよ?」
「向こうは、この間までランドセル背負ってたんだよ?どうする圭ちゃん?」
「あーもーうるさいっ!」

もちろん、本当に下の子たちには話せないこともあるけど。誰が最近やる気がないとか、誰が落ち込んでるとか。っていうか、本当は、そういう仕事の話だけじゃなく、辻と加護が大喧嘩したとか、よっすぃーが最近やたらメールばっかり気にしてるのは男ができたんじゃないかとか、小川は辻派か加護派かとか、石川と柴ちゃんが合コンに行ったらしいとか、そういう無責任な噂話に花を咲かせたりもしたりして。どれもこれも実際は取るに足らないつまらないことだったりするんだけど。だからこそそういうことで大騒ぎするのが楽しいかったりするんだよな。

「何?カオリもう帰るの?」
「うん、リンゴが待ってるし、明日早いし」
「あーなっちも帰る。一緒のタクシーで帰るべ」
「マジー?、何だよぉ。せっかく圭ちゃんの最後の夜のなのにさぁー」
「最後って、別にいつでも会えるじゃん」
「あーあ、やっぱ1期は冷たいよなー?ケメ子ー」
「矢口が1期とか2期とか言い出したら酔ってる証拠だべ、圭ちゃん後ヨロシクねー」
「マジ?アタシかよ!?」
「やっぱ、今日の主役ががんばらないと」
「えー?主役ってそういうことかなぁ?」

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なっちとカオリが帰って、オイラと圭ちゃんは席を店の奥のカウンターに移った。確かにオイラはちょっと酔ってたカナ。
頭の奥がふわふわする感じ。

「ちょっとインターバルおきな」
圭ちゃんがバーテンのお兄さんにウーロン茶を注文してくれた。圭ちゃんはオレンジっぽい、茶色っぽいお酒をロックで飲んでる。
「それ、何?」
「チンザノオランチョ」
「は?」
圭ちゃんは自分のグラスをオイラの前に差し出した。恐る恐る一口、舐めてみる。
「あー」
「どう?」
「甘いけど、きつー」
「そんな、きつくないんだよ」
圭ちゃんはオイラからグラスを受け取ると、おいしそうに小さく一口飲んだ。

その、お酒がおいしく感じるのと、感じないのが。
娘。を辞めることを決めた圭ちゃんと、まだ娘。でいたいオイラとの差なのかな。

オイラはぼんやり思った。
思ったら。
何か、悲しく。

「まーだ泣き足りなかったの?」

圭ちゃんが呆れたみたいに言った。
オイラはカウンターの上に突っ伏して、またボロボロ泣き出していた。

「だ、だって、バカ、ケメ子のうら、裏切りモノ、なんで、だって、なんで、オイラ、さみし、さみしいじゃんか」
「はいはい」
「はいはいじゃ、ねーよぉ、ばかぁ、オイラ、けー、けーちゃ、いなかったら、やってけねーよ」
「矢口はいつも大袈裟なんだよ。もうダメとかもうできないとかさぁ、すぐ言うし」
圭ちゃんがしゃくりあげるオイラの頭を撫でる。

「でも、いつもちゃんとやるし。できるんだよねぇ」

大人チームでしか話せないことがあるみたいに。やっぱりオイラ達二人、でしか話せない事がある。話せないことっていうか。
オイラは圭ちゃんにしか甘えられない。
こんな、子供みたいな駄々をこねたり。
やっぱり、下の子たちがいれば、シャンとしなきゃいけないって思うし。別に入ったときのしこりとかがあるとかじゃなくて。でもやっぱなっちやカオリはオリジナルメンバーで、やっぱ微妙に、オイラ達とは考え方ちがうって思うこともある。プライドみたいのも感じるし。

わかんない。
こんな風に何期だからとか、すぐそういう風に括って見ちゃうのがオイラの悪い癖みたいな気がするし。圭ちゃんは年も上だし、大人だし。多分そんな風には思ってないんだろうなぁ。

オイラひとりが、こんな風に、いろいろ考えて。
なんだっけ、ネットで見た、どっかのファンサイトで言われてたなぁ。
えーっと、そうそう。

『矢口は中間管理職みたい』

上手いこと言うなぁ、って思ったんだよなぁ。
別に、なっちやカオリに遠慮してるワケでも、石川やよっすぃーに気に入られようと思ってるワケでもないんだけどなぁ。

でも、圭ちゃんがいなくなるってだけで、こんなに不安なんだよなぁ。

何なんだろうなぁ。
何だかなぁ。

あーあ……。

「矢口?」

遠くで圭ちゃんの声がする。
何で、こんなに遠いんだろう。

何で―――。

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「何だよ、矢口寝ちゃったよ。もー」
「大分酔ってらしたみたいですもんね」

ばーか、酔ってなんかないよぉ、ちゃんと。

「コレ、もう一杯おかわり」
「保田さんも飲み過ぎじゃないですか?」
「いいの、今日は特別な日なんだから」

ちゃんと、聞こえてるんだからねぇー。
ばーかばーか、ケメ子のばーか。

「あーあ、気持ちよさそうな寝顔しちゃって、好き勝手なこと言っちゃってさー」
「でも、まいってるんじゃないですか?保田さんが卒業されて」
「んー。でも、がんばりすぎるところが矢口の悪いところなんだけどさ。でも、もーダメとか言いながらさ、がんばってばんばって、がんばりすぎて、それで何とかしちゃうのが矢口のいいところだったりもするしね」
「本当のお姉さんみたいな口ぶりですね」
「付き合い長いからねぇ。矢口置いていくのは、ちょっと心配だけどさ、反対に矢口がいなかったら、もしかしたら、後のことが心配で、辞めること決めれなかったかもしれないって思うんだよね」

何だよケメ子、勝手に語ってんじゃねーよ。
ばか。
ちょっと。
ちょっと嬉しいじゃんか。

「それにしても、矢口にだけは話しとこうと思ってたのになぁ」

普通に、聞こえてるんだから。
ただ、ちょっと、何か、返事できないだけで。

「ええっ?ああ―――彼の」
「うん。他の子たちには、ちょっと言えないけどさ。恥ずかしいし。でもやっぱ矢口にだけは紹介しときたいと思ったんだけどねぇ。アタシはさ、娘。辞めても、全然幸せだよって、安心させてあげたかったし」

ええっ?
何?
何のこと言ってるんだよ。
誰のこと。

「やっぱり、ちょっと特別ですか?矢口さんは」
「当たり前じゃん、特別だよ」

夢なのかな?
何か、わかんないや。
もう、何言ってんのかも―――。

「矢口は特別だよ」


おわり


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