その日、あたしは実は朝からお腹の具合が悪くて。
コンサートは何とか薬を飲んでごまかしてたけど、終わったら、とにかく1秒でも早く家に帰りたかった。
でも、そんな日に限って。
コンサート終わった後、会議室に集められちゃって。
もう、ふざけんなって感じだった。
梨華ちゃんが甲高い声で何度も「よっすぃ大丈夫?」って聞いてくれるのも、うっさい黙れうざいんじゃボケって思ってて。
嘘だよ、梨華ちゃん、普段はそんな風に思ってないからね。

とにかく、何だか重大そうな話を冷静に聞けるような状態じゃなかった。

みんなで、会議室の大きな机をぐるっと囲んで座って。
お誕生日席にチーフマネージャーとつんくさん。
そして何よりカメラが入ってたから。
これは何事って思うのと、くそぉこれじゃ腹痛い顔もできねーじゃんと思ってた。
あー、始まる前にもっかいトイレ行っとけばよかった。
ていうか、あたし、何でこういう重要な場面限って下痢ピーになっちゃうんだよ。

んで。
ぽんぽんぽんと、あたしが思ってたよりもずっと重大な発表があって。

えー!ごっちん卒業!!!
いたたたたた。
えー!圭ちゃん卒業!!!
いたたたたたたたたたた。
えー!ぷっちが!!タンポポが!!ミニモニが!!!
いたたたたたたたたたたたたたたたたた。

てな感じで。
驚きと腹痛が競争してた。
どっちもマジしゃれになんねーよって思ったよ。

見回したら、みんな泣いてた。
あたしもお腹痛くなかったら泣いてたかな?
よくわかんないよ。
何か、腹痛が限界で、返ってみんなの反応を妙に冷静に見てたな。
特に飯田さんと矢口さんの青ざめた顔がすごく印象に残ってた。

でも、あたしはそれどころじゃなくて。
いや、こんな大事な場面でそれどころじゃないもないんだけど。
でも精神的な打撃より肉体的な苦痛の方が勝っちゃってて。
情けないけど、しょうがないよ。
もうだめだ、とりあえずトイレ行かしてもらおう。
そう思った瞬間、矢口さんが甲高い声を上げた。

「どーしてですかっ!そんな、ごっちん卒業なんてあと1ヶ月ちょっとしかないじゃないですか!そんな急に言われてもっ。それに、どうしてうちらがタンポポやめなきゃなんないんですかっ。訳わかんないですよっ。うちら辞めるわけじゃないんですよっ。それに、ミニモニだって、おいらががんばって……。圭ちゃんだって、モーニング辞めてハロプロのサブリーダーってっ。そんなのっ…全然っ訳わかんないですよっ…!!」

泣きながら、でも噛み付くみたいに、一気にまくし立てた。
うん。
その通りだよ、矢口さん。
でも、お腹痛いよ。

矢口さんの言葉に飯田さんが立ち上がった。
今まで見たことの無い様な怖い顔でつんくさんを睨みつけて、低い声で一言。

「カオから、タンポポを取り上げないで」

正直、ちょっとお腹の痛みを忘れるくらい怖かった。
ていうか、すごい緊迫した空気。
頼むよ、トイレ行ける雰囲気じゃ全然ねぇよ。

会議室は痛いくらい静まり返って。
中学生組がしゃくりあげる声だけがやけに大きく聞こえた。
つんくさんを睨みつける矢口さんと飯田さん以外はみんな下を向いて、どうしていいかわからないみたいだった。

長い沈黙だと思った。
でも、ここにいる誰より、この沈黙を長く感じたのはあたしに違いないと思う。
ダメだ。
完全にタイミングを逃しちまったよ。
握り締めた手のひらがじっとりと汗ばんでる。
多分はたから見たら、怒りか何かをじっと耐えてるように見えるんだろうな。
本当はうんこをガマンしてるだけなんだけど。

そして、沈黙を破ったのは、つんくさんだった。
静かな、でも毅然とした声であたし達メンバー以外は会議室を出るように指示した。
マネージャー達も、カメラクルーも、全員。
そのただならない雰囲気にみんなが息を呑んだような気がした。
そして、のろのろとみんなが会議室から出て行き、会議室の中は、私たちとつんくさんの14人だけになった。

ほんと言うと、あたしも一緒に出て行きたかった。
そんで、トイレに駆け込みたかった。
モーニング娘。である自分をちょっと恨んでみたり。

なんて、くだらない、というかそん時はかなり切実だったんだけど、ことを考えてたのは間違いなくあたし一人で。
とにかく、事の成り行きに多少ひるみながらも、それでも矢口さんと飯田さんはつんくさんを睨みつけ続けてて、後のメンバーはそれをおろおろしながら見ているというような雰囲気だったと思う。

そして、つんくさんが。
そんなあたし達をゆっくりと見回した後。
ゆっくりと。
床に膝をついた。

それがどういうことなのか、最初理解できなかった。
その光景に、ちょっと自分の目が信用できなかった。

つんくさんは、あたし達に向かって、土下座、してた。

「すまん。本当にすまん。全部…オレのせいなんや…」

みんな、金縛りにあったように動けなくて。
でも、一番最初に我に返ったのはやっぱり矢口さんだった。
「ちょっ…どーしたんですか、つんくさんっ。顔上げてくださいっ」
「そ、そーですよっ。つんくさんっ!」
圭ちゃんが後に続く。
でも、つんくさんは顔を上げようとはしなくて。
「今回の決定が、お前らにとってどんなに残酷な決定かはよくわかっとる。後藤の卒業が急なんも、飯田や矢口からユニットを取り上げるんも…めちゃくちゃなやり方や。特に、飯田、矢口、それに保田は娘。を今まで支えてきてくれたのに…。お前らは何にも悪ないんや」
つんくさんの声がくぐもって聞こえる。
泣いて…る。
「お前らの気持ちは痛いほどわかっとるんや。せやけど、上はそれじゃ済まされへん。娘。もユニットも売り上げは落ちて来とるし、ハロプロの他のユニットも売り出さなあかへん。テコ入れの時期に来とるて言うんや。せやけど、そんなことお前らに関係ないし、CDが売れへんのも娘。だけやない、業界全部が今は売れてへんのや。せやから、オレは、今のままでもっとがんばって行けると思てる。会社は儲けやなやっていけへんのは分かっとるけど、オレやお前らがつくっとんのはそんなもんやないよな?こんなやり方は間違っとるよ…な…」
つんくさんはふらふらと立ち上がると、疲れきったように椅子に腰掛けた。
そして、崩れかかる体を支えるようにテーブルに両肘を突いて、話し始めた。
「オレは、何とかしてお前らを守りたかった…。特に…タンポポだけでも、今の形のままで残してやりたかった…。お前らをモノみたいにあっちやこっちにやるのは…ガマンできへんと…。せやけど、本当はもっと大きな改編の話も出とって…、オレが出来るのはここまでやった。いろいろオレも交渉したり、動いたりしたけど…お前らを、モーニングを守るためには、こうするしかなかったんや。オレに…オレにもっと力があったら…。本当にすまん。今までお前らは本当にようがんばって来たのに、本当に…す…まん…」
大人の男の人がこんな風に泣くのを初めて見た。
あたしは、お腹の痛みも忘れて、ぐっと、体の奥の方から涙がせりあがってくるの感じた。
飯田さんや矢口さんは…もう、子供みたいにわぁわぁと声を上げて泣き出している。
あたし達の知らない苦労を知っている上の人たちはみんな顔をくしゃくしゃにして、つんくさんに駆け寄った。
つんくさんはまるでお父さんみたいに、やっぱり泣きながらみんなの頭を撫でている。
「こんな結果になってしもたけど…。せやけど、これだけは信じてくれ、オレは絶対お前らを悪いようにはせえへん。昔から色々厳しいことやもうアカンて思たこともあったけど、それでもみんなで力を合わせてがんばってきたやないか。せやろ?なぁ?これからも、もっとがんばって、もっとええもん、みんなで届けていこやないか…」
矢口さんや、安部さんの口から、声にならない「がんばります」という声がこぼれた。
みんなの気持ちがひとつになった…ような気がした、瞬間。

ぎゅるるるるる。

あたしのお腹が、異様な音を立てた。
とたんに、忘れていた切実な痛みが物凄い勢いで襲ってくる。
油汗が背中を伝った。

「本当は、お前らにこんな話するべきやないのは……」
「でも、お前らやったら絶対分かってくれると……」

感動的な場面なのに、もう、つんくさんが何を言ってるのかさえ分からなくなった。
耳鳴りがする、目が霞む。
痛みのあまり吐き気がする。
意識が遠のきかける。
あたし一人だけ違う世界に居るみたいだ。
内臓を引き絞られる痛みしか分からない。
真剣に、マジで、本当に、限界かもしれない。

ガタン!

ここで漏らすよりはマシ!!
あたしは椅子を蹴倒して勢いよく立ち上がった。

つんくさんは話が終わって外に出したマネージャー達を呼び入れるために会議室から出ようとしてるところだった。
あたしは「トイレに行ってきます」と言う余裕もなかった。
多分、すごい形相をしてたと思う。
無言で、つんくさんの後を追うようにして、会議室を飛び出した。

会議室から出たところで、つんくさんを追い抜こうとして肩がぶつかった。

あたしは反射的に、振り返った。
あたしは、そのときのつんくさんの顔を、多分、一生忘れられない。

つんくさんは。
頬を涙で濡らしたまま。

心底、楽しそうに。
心底、可笑しそうに。

笑ってた。



トイレから戻ると、会議室ではチーフマネージャーからの実務的な打ち合わせが始まっていた。
あたしは自分の席に戻って。
でも、チーフマネージャーの言葉はちっとも耳に入ってこない。
さっき見た、つんくさんの顔が頭から離れない。

笑ってた?
見間違いじゃなく?
ううん。
違う、本当に、笑ってた。

背筋を冷たいものが走った。
ぐるりと、他のみんなの顔を見回すと。
さっきとは打って変わって、やる気に満ちたキラキラした目で、今後の話を聞いている。
まるで魔法をかけられたみたいに。

あれは、演技だったの?
みんなの不満を封じるために。

視線を感じて、あたしはふと顔を上げた。
みんなの前ではなすチーフマネージャーの後ろの壁にもたれて、腕を組んでいるつんくさんが、じっとあたしを見てた。
あたしと目が合って、にやり、口の端を歪めて笑顔のようなものを見せた。

『お前、見たな?あほやなぁ。知らんでもええこと知りよって。どうする?みんなにばらすか?好きにしてええで。どうせお前にはどうすることもできへんのやからな』

耳元で話されるより確実に、つんくさんの気持ちが伝わってきた。
体がかっと熱くなるのを感じた。
怒りと恐怖が一緒になって襲ってきた。
怒りは、バカにしやがって、みんなの気持ちを操っておもちゃにしてって。
恐怖は、いとも簡単にあたし達を騙して、それで楽しそうに笑ってるなんてって。
でも、恐怖の方が強かったのかもしれない。

あたしはそれから、一度もつんくさんの顔を見ることができなかった。

そして、打ち合わせが終わった。
みんな口々に今回の決定について興奮気味に話してる。
あたしは、そんなみんなを遠巻きに見つめてた。

やっぱり、こんなのおかしい。
騙されて、がんばらされて、そして使い捨てされるなんて。
それを知って、黙ってるなんて出来ない。

やっぱり、矢口さんか飯田さんにだけでも、話した方がいいのかもしれない。
あたしは意を決して立ち上がり、二人に近づいた。

「カオリ、がんばるよ」
「ん、つんくさんが、あたし達のためにあそこまでしてくれたんだもんね」
「うん。変わってくのはしょうがないよ…。カオリはもっともっとモーニングをいいグループにしていく。それだけ考えてがんばるよ」
「おいらも…つんくさん信じるよ。名前なんて関係ない、いい歌を届けることが一番なんだよ」

ぎゅっと、手を握り合って話すふたりに、あたしは何も言うことが出来なかった。

そっと二人から離れる。
あたしは改めて周りを見回した。

ごっちんと、ごっちんにすがりつくみたいにして泣いてるあいぼんを囲んで励ましあってる梨華ちゃんとのの。

頭をつき合わせるようにして泣いている5期メンの4人。

まだ呆然としている安倍さん。

泣き笑いの優しい目でみんなを見ている圭ちゃん。

そして、飯田さんと矢口さん。

みんなに、今更なんて言えばいい?
つんくさんに騙されてるよって?
あたし達はいいように操られて、動かされて、そして使い捨てられるだけだよって?

例え、それを信じてもらっても、それで何が変わるっていうんだろう。
操られていることが分かったって、ごっちんや圭ちゃんの卒業も、ユニットの改編も、決定されたことが変わるわけじゃない。
そして、モーニング娘。も何事もなかった様に続いていくだけ。

それなら、それが最善の道だったと思って進む方がどんなに幸せなんだろう。

そう、取り残されたのはあたし。
あたし一人だけ、魔法が解けてしまった。
つんくさんの思うとおり。
あたしにはどうすることも出来ない。
ただ、知っているだけ。

どっちが幸せなんだろう。
知っていても踊るしかないあたしと。
知らないで踊らされてるみんな。

あたしはそっと会議室を後にした。


ごっちんと圭ちゃんの卒業会見が行われた夜。
聞きたくなかったのに、矢口さんのANNを聞いた。

「つんくさんを責めないでください。つんくさんは悪くないんです」

あたしは、みんなの為に、ちょっと泣いた。
でも、不幸なのは、多分あたしの方だ。

あたしは力なくラジオを消すと、ベッドの中にもぐりこんだ。
明日も明後日も、あたし達には前に進む道しか残されていない。

あたしは国民的アイドルモーニング娘。
今日も楽しく歌って踊ります。

だって、他にどうすることも出来ないから。


今は。

だけど。

いつか。


おわり


TOP
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送