LOOSE GAME 02


カチ。
小さな音がして吉澤の右隣の森山がタバコに火をつけた。
森山の左腕が吉澤の右腕に触れる。
吉澤はますます赤くなった。

「大丈夫か?顔赤いけん」
左隣の北里が、さっきの控え室から持ってきていたスポーツドリンクを吉澤に差し出した。
「いやっ。はい、大丈夫ですっ」
「これ飲んどき」
手が震えて上手くプルトップを引けない吉澤に、北里が缶を開けてくれた。
「すみません」
「そんな、緊張せんと」

ドリンクを口に運びながら、吉澤は横目でそっと森山の顔を盗み見た。
タクシーの窓に流れる景色を見ている森山は、どこか不機嫌そうに見えた。

吉澤はポケットから携帯を出した。
不意に助手席の宇佐美が後ろの吉澤に振り返った。
「迎え。家の人に来てもらう?」
「いえ、あの、事務所の人に」
吉澤は携帯の短縮からマネージャーの姫野の番号を呼び出した。

『もしもし?吉澤?』
「うん。あのさ、えっと。今何してる?」
『仕事中。事務所で会議。何?何かあったの?明日のスケジュールのこと?』
「ううん。えっと、あのね・・・。えっと。迎えに来てくれないかな?」
『はぁ?何?どこにいるの?家じゃないの?』
「ええっとぉ―――あの、ここ、どこですか?」
『もしもし?吉澤?』
「あー、えっと、新宿に向かってるんだけど。かわりましょうか?電話」
「ちょっと待って。代わるから」
『代わるって誰によ?ちょっとっ。吉澤!?』
「この前のときのマネージャーさん?」
「はい」
「もしもし?あの、憶えてらっしゃるでしょうか?MODSのマネージャーの宇佐美と言いますが。前にあの、局の楽屋で吉澤さんが……」
『ああ!はい。その節はどうも……。あの、吉澤が何か?』
「いや、実は吉澤さんがですね―――」

「ああ!」
突然森山が声を上げた。吉澤は驚いて森山を見た。
「お前、あんときの!」
まじまじと吉澤を見る。
「ええっ?もしかして森やん気付いてなかったと?!」
「おう。何やみんなコイツのこと知っとうみたいやし。おかしいなぁとは思っとったけん―――。ああ、なるほどなぁ。どっかで見たことあると思うたったい」
森山は吉澤に微笑みかけた。
「なーん。変な縁っちゃね」
「は、はい……」
森山の笑顔があまりに優しくて、吉澤は思わずうつむいてしまった。
「ヨシザワっちゅーんか」
「は、はい」
うつむいたまま、小さく答えることしかできない。
森山は少し黙った。

「怖いんか?」
「え…」
「人が喋っとうときは、相手の目ばみるもんや」

そう言われて、吉澤は思わず顔を上げた。
怖いわけない。
こんなに大好きなのに。
ただ、恥ずかしかっただけだ。
大好きなモッズが、森山が、こんなに近くで自分に微笑みかけてくれたことが。

「ちが―――」
森山に誤解されたくない。
そう思って、口を開きかけたとき。

宇佐美が、振り返って吉澤の携帯電話を差し出してきた。
「姫野さんが、かわってくれって。一応説明しといたから」
吉澤は自分の携帯を受け取った。

「―――もしもし?」
『ほんっとに。アンタって子は……』
「ごめんなさい」
『あたし、すぐには出られないんだよ会議中で。山田さんもいるし、チーフもいるし。こんな時間に吉澤を飲み屋に迎えに行くなんて言えないでしょ?』
「え…飲み屋?」
『アンタ、今モッズさんの打ち上げの飲み屋に向かってるのよ。宇佐美さんによくお願いしといたから。そのまま一緒にいさせてもらいなさい。会議終わったらすぐ迎えにいくから』
「わかった―――。あのさ」
『何?』
「何か、着替えになるようなもの、持ってきて欲しい。あの、ちょっと怪我しちゃって。このまま家に帰ったらおかーさん心配するから」
『―――分かった。吉澤ん家にも電話しとくよ。急にスケジュールが入って遅くなるって』
「ありがとう」
『じゃあ、いい子にしてるのよ。あ、それから、間違えてもお酒なんか飲まないでよ。どっから誰の耳に入るかわかんないんだから』
「うん。わかってる」
『ん、じゃ、後で』
「あ、あのっ。姫野ちゃん?」
『何?まだ何かあるの?』
「いや、その―――。ごめんね」

『ばーか』

そう言い残して電話は切れた。
「姫野さんに聞いた?これから打ち上げの店にいくけど」
宇佐美が声をかける。
「はい、すみません」
「いいよぉ。モームスが一緒だなんてみんな大喜びしちゃうよぉ」
何とか無事に吉澤の一件が片付きそうだと分かって、宇佐美は上機嫌に言った。

えへへ。

吉澤は、うつむいたまま中途半端に笑った。
「モームス」
常に自分に付いてまわる言葉。
吉澤は携帯電話をポケットにしまった。

このケイタイの着信メロディーが『激しい雨が』だって知ったら、森やんはどんな顔するかな?

吉澤は、そっと森山の顔を見上げた。
森山はもう、吉澤の存在など忘れてしまったかのように、また、無表情に窓の外を見ていた。

「怖いワケないです。すごく、大好きだから。こんなことになっちゃったのが信じられなくて、どうしていいのかわからなくて……」
タイミングを失って、言えなくなってしまった言葉を胸の中でつぶやいた。
吉澤はうつむいたまま唇を噛んだ。
どうして、いつも。
上手くいかない。
言いたいことが、ちゃんと伝えられないんだろう。

タクシーは夜の街を切り裂いていく。

**********

その、打ち上げに用意されていた店は「TAILLEVENT」といった。1階にお洒落なイタリアンレストランが入っているビルの3階。コンクリートの外階段を上った先にある重厚な木のドアを開くと、貸切にされた店内にすでに大勢の人間が集まっていた。
ツアースタッフ。事務所の人間。MODSと関わりの深いミュージシャン達。

「遅いっすよー」
「先、始めようかと思ってたのにぃー」

メンバーが店の中に入ると口々に声がかけられた。
やっと一人で歩けるようになった吉澤は、3階分の階段がこたえて息も絶え絶えになっていた。

ツアーの千秋楽が、吉澤が巻き込まれたアクシデントのせいで中止さざるをえなかったことを、その場にいる人間は皆知っていた。
そんなことは今までないことだったし、そのことで当のメンバー達がどんなに口惜しく思っているかは分かりきったことだったから、誰もが彼らの気を引き立てようと明るく振舞っていた。
そのことを口にしようとする無粋なする人間は一人もいなかった。

森山たちはあっという間に彼らを愛する人たちに取り囲まれてしまった。
宇佐美が店の壁際に並べられた椅子の一番端っこに吉澤を座らせた。
店の人に頼んでウーロン茶を持ってきてくれる。

その場にいる誰もが大人だった。
吉澤のような子供は一人もいなかった。

吉澤は、自分がどんなに子供であるか思い知らされ、まるで場違いなこの場所に迷い込んできた子供のような頼りない気持ちになっていた。
やっぱり、自分は、全然、彼らとは住む世界が違うんだ。
ひとりぽつんと店の隅で彼らを目で追っていた。

吉澤が座っている入り口近くの席から一番遠いところに、森山の姿が見えた。

吉澤だって打ち上げを知らないワケじゃない。ツアーが終わるといつもホテルの大広間に集められて、オレンジジュースを持たされて。その、大人ばかりの下らない集まりでコンサートの感想なんかを言わされる。そして、1時間も経たないうちに追い返されたりするような自分達のツアーの、でも自分達の為にではない打ち上げには何度も参加していた。

「えー、まぁいろいろありましたが。今回のツアーも、まぁ、何とか終わりまして。
それもこれも、今日集まってくれた皆さんのおかげだと思っとります。まぁ、俺が言わんでも、遠慮するような輩はいないとは思いますが。今夜は思う存分飲んで下さい」

森山の音頭でのカンパイの合唱。
あちこちから一斉に明るい話し声が広がった。

吉澤は、ただ、どうすることもできなくて、渡されたウーロン茶をちびちび飲みながら森山を目で追っていた。
自分が場違いな人間だと分かっていたから、無性に寂しかった。

「よ、よっすぃー!?」

突然、素っ頓狂な声で呼びなれた名前を呼ばれて、吉澤ははっと顔を上げた。
そこには、アルコールのせいで心持ち頬を赤くした女性が、これ以上はないというくらい目を見開いて立っていた。

「な、何で。こんなトコに―――」
彼女が誰に言うでもなく口にする。
吉澤はしょうがなく、へへへと笑った。
「ひょっとして、今日の―――。よっすぃーだったのっ?」
とりあえず何と答えるのが一番問題がないのか分からず、吉澤は曖昧な作り笑顔を浮かべることしかできなかった。

「なぁんだよぉ木崎ぃ。何つっ立ってんだよぉ」
「綾ちゅわーん、飲んでるぅ?」
すでに完全に酔っ払っている男達が彼女に声をかけた。そして所在無げな吉澤に目を向ける。

「ええええええっ?モームス!?」
「おいおいおいおい!木崎の好きなモームスじゃん!!」

その声に、吉澤の周りに人だかりが出来始めた。
吉澤はどうしていいか分からずにうつむく。
ここには自分を守ってくれるマネージャーやスタッフはいない。

「あー、うるさいうるさいっ!」
木崎と呼ばれた女性は男達を追い払うように手を振った。そして、吉澤の隣の椅子に座ったが、すでに出来てしまった人だかりは動こうとはしない。
「本当にモームス?」
「何でモームスがここにいるの?」
口々に放たれる言葉に吉澤は中途半端な薄ら笑いを浮かべることしか出来なかった。
「俺ん家の子供が好きなんだよ。サイン貰っちゃおーかな」

何故だか涙が出そうになった。

自分は。
ただ、モッズのライブが見たかっただけで。
ただの、ただの何でもないモッズファンの一人のつもりだったのに。
どうして、「モームス」って呼ばれちゃうんだろう。

「モームス言うな!!」

突然、大きな声がして、吉澤は驚いて顔を上げた。
隣に座った女性が肩を怒らせて、吉澤を囲む人々を睨みつけていた。
「彼女は吉澤さんっ!変な呼び方で呼ばないでっ!!」

吉澤は呆気にとられてその女性を見ていた。
それに気づいた女性は照れくさそうに吉澤に笑いかけた。

「ごめんね」

その言葉があまりにも優しくて、吉澤の泣きそうな心が落ち着いた。
その後も、何人か吉澤にサインや握手を求める男達は現われたが、彼女のフォローもあって、難なくやり過ごすことができた。

そんな吉澤を、じっと見つめている誰かがいることを、そのときの吉澤は全く気づいていなかった。

**********

「あの、トイレ、行ってきます」
吉澤は隣に座っている木崎に言った。
「場所、分かる?あそこ―――タバコの自販の奥ね」
木崎は店の奥の観葉植物で目隠しされた通路の先を指差した。
「はい」
やっと、自分のものになった感覚の体を確かめるように、吉澤はゆっくりと木崎に教えられた方に歩いていった。

「何とかならんやろか?」

薄暗い通路の角を曲がろうとしたとき、森山の声が聞こえて吉澤は思わず立ち止まった。

「無理だよぉ森やん。今からブッキングして、チケ捌いて、どんだけ時間がかかると思ってんのぉ」
「やけど、最終日が途中で中止っちゃすっきりせんたい。2ヶ月ツアーしてきてこんな幕切れじゃ俺もメンバーもみんなが後味悪か。もう1回だけこの名前でやってやらんとこのツアーも可哀想やけん」
「ウチ、お金ないってわかってるよねぇ?」
「そこを何とかならんかって」
「……森やんは言い出したらきかないから。わかったよ、何とか考えるだけでも考えてみるよ。だから今日のところは」
「OK。ウーヤンのそういうとこ好きかぁ」

吉澤はその会話を聞いて呆然と立ち尽くしていた。
途中で中止?
まさか。
あの男が自分の方にダイブしてきて。ごついワーキングブーツで蹴られて。倒れて。
その後は覚えていなかったけど。
まさかその後のライブが中止になったなんて思ってもいなかった。
そんなに大騒ぎになってたなんて。

自分が、ぼーっと突っ立ってなかったら。
倒れたりしなかったら。

「私の…せい?……」

**********

吉澤はトイレの鏡に自分の姿を映した。
汗で一度ずぶ濡れになってその後乾いた髪は、ボリュームをなくしてぺたんと頭に張り付いていた。
小さく切ったガーゼで手当てしてもらってある傷口は左のこめかみ。
まるで試合に負けたボクサーの様。

吉澤は鏡の中のみすぼらしい自分を睨みつけた。
何で自分はいつも大切なところでこんなに情けない人間になってしまうんだろう。

ずっと、森山が不機嫌だった理由が分かった。
自分は彼らに迷惑をかけたどころの問題じゃなかった。
それでも彼らは自分にこんなによくしてくれた。
優しく笑いかけてもくれた。

なのに自分はうつむいて、自分の気持ちすら話すこともできなかった。

許してもらえないかもしれない。
それでも謝らなければいけない。

トイレから出た吉澤は森山の姿を探した。

店内はすでに酔っ払ってぐだぐだになったダメな大人たちの山だった。
すでに潰れて正体のない下戸に、げらげらと笑い続ける笑い上戸。
大声で何かをわめいている説教上戸。
だれかれ構わずに抱きついてはキスを求めるタチの悪いキス魔に、とにかく大声で歌い続ける迷惑な歌い魔。
こんなに大勢の酔っ払いを見たのは初めてだった。
吉澤はそんな酔っ払い達の間をすり抜けて森山を探す。
大人はみんな立派だと思っていたのにここにいるのは子供のような酔っ払い達ばかり。
喧騒の中をかいくぐりながら吉澤は思った。
でも、自分の周りのいつも自分達に頭ごなしに命令する大人達よりずっとずっとカッコいいと。

森山は歩き方もロックだ。
心持ち背中を丸め、どこかリズムを刻むようにほんの少し肩を揺らして歩く。
それが生まれつきの癖なのか、人生の全てにおいてロックにこだわる彼が意識して手に入れたものなのかはわからない。
だけど、吉澤はそんな彼の華奢で、でも力強い背中をロックだと思った。

その、背中がそっと店のドアを押して出て行くのを見つけた。
吉澤は慌てて後を追う。
鼓動が急に跳ね上がるのを感じた。手のひらにじっとり汗が滲む。
そして森山の背中が消えたドアをそっと開けた。

外の空気はひんやりとしていた。
店の中の喧騒とタバコの煙と酒の匂いの淀んだ熱気から開放されて、吉澤はほっと息をついた。
それから周りを見回して森山の姿を探す。

彼はコンクリートの外階段の3階と2階の間の踊り場で、手すりに肘をついてぼんやりと通りの風景を見つけていた。
くわえタバコの先から立ち上る細い煙が見える。
吉澤は勇気を振り絞り、階段を降りた。
森山の丸めた背中に向けて口を開いた。

「森や……っ!」

言ってしまってから唇を噛んだ。
何でいきなり「森やん」なんて呼んじゃうんだ。ここは「森山さん」だろっ。
吉澤の頭の中は真っ白になってしまった。

「何や、オマエか」
森山は首だけをこちらに向けて吉澤を見た。
「あのっ……」
言葉が出てこない。
言葉は出てこないのに、代わりに涙が出てきそうになってしまう。
吉澤は慌てて唇を噛締めた。
でも。
でも、うつむいちゃいけない。
目をそらしちゃいけない。
森やんがそう言ったんだから。

森山は唇を噛んで、まるで睨みつけるように自分を見ている吉澤をみて、おかしそうに口元をゆがめた。
「何ちゅう顔しとると?」
「あ、あたしっ……あたしのせいでっ……ラ、ライブ…」
ぱたぱたと音を立てるように涙が吉澤の白い肌の上を走った。
森山は驚いた顔。
「なーん……」
「知らなくて…あのっ…ひっ……ごごご、ごえんなさ…」
しゃくり上げる、鼻水をすする。それでも森山の目から目をそらしたくなかった。
「あほう。そんな泣きながら睨みつけんなや」
「だ、だって、森やん、が、目見て、はな、せ、て」
「ひっどい顔やのう」
森山が優しく笑って、吉澤は慌てて手の甲でごしごしと涙をぬぐった。
「でも、まぁ、変な薄ら笑い浮かべよるよりは、ええ顔しちょる」
吉澤は不思議そうな顔で森山を見た。

森山は自分が見下ろしていた通りを顎でしゃくった。
「東京は、こんな時間でもようけ人がおりよる」
吉澤は森山の隣に並んでコンクリートの手すりごしに下の通りを見た。
若いカップル、千鳥足のサラリーマン、派手な格好のホステス、やくざ風の男達、雑多な人間が思い思いの目的地に向かって視界を横切っていく。
「この年になってまで声を嗄らして歌うとっても、こん中のどんだけのヤツに届いとるんやろうな」
「でもっ。ヨシザワには届いてます」
言ってから、少し恥ずかしくなって赤くなる。
「ほうか」
森山の優しい声に吉澤はかくかくと首を振った。

少し、沈黙が流れた。
手すりに並んだ二人の間を風が過ぎた。

「オマエ、えらい有名なんやのう」
「え?」
「さっき、皆に囲まれようたろ」
「ああ……はい」

「せやけど。折角ええ顔しとるんやから、へらへらごまかした顔はせんほうがええ」
「え……」
「なんや、しんどそうに見えようたけん」
「……」
「愛想笑いばっかしとうと、本当に楽しいとき笑えんようになるぞ」
「……はい」
「……説教臭いか」
「そんなっ……。嬉しいです、いつも笑えって言われてるから」
「オマエも大変なんやのう。……いくつや?」
「もうすぐ、18」
「18?なーんMODSより若いんか」
「あはは」
「一番しんどいときやの」
「そうなんですか?」
「違うか?」
「わかんないです、そんなこと考えたこともなかった」
「そうか」

「あの、あたしが倒れたせいで、ライブ中止になったって」
「え?……ああ、別にオマエのせいやなかろうが」
「でも、あたしがちゃんとかわせてたら、あたしが娘。じゃなかったら―――」
「ムスメ?」
「ああ、えっと、あの、「モームス」です」
「おお」
「モームスじゃなかったら……」
「関係なかろーが?」
「え?」
「オマエは、オマエとして見に来てくれたっちゃろうが?」
「でも、でもそのせいで迷惑かけて。こんなつもりじゃなかったのに。ただ、MODSが好きで、どうしてもライブが見たくてっ」
「ありがとう」
「え……」
「好きやーちて言うてくれて、それと、ライブ見に来てくれて」
「………」
「また、泣くんか?」
「……泣きませんっ」

「今日のことはオマエが気にすることやない。女の子やのに顔に傷まで作りようて、こっちが悪か思とるったい」
「森や……森山さん」
「ははは。いまさら。森やんでよか」
「1回でも、MODSのライブ見れて、よかった、です」
「―――もう、来んと?」
「だって、こんなことになっちゃったし。また行ったら、またモームスだって」
「関係ないっちゅーとろうが。俺らのことが好きで、ロックが好きやったら他んことは関係なか」
「また、行ってもいいんですか?」
「おお、いつでも来い」

「………」
「やっぱり泣きよろうが」
「……すみませ…」

「それに、また来んと。オマエあいつらに礼ば言うてなかろうが」
「え?」
「18のクセに、あんなでかいガキがおるとはなぁ」
「ああっ!」
「かーちゃんかーちゃんえらいうるさかったと」
「えへへ」

「若かうちは、周りのことなんか気にせんでいいけん。自分に正直にならんと、ほんまに大事なモンば見失うったい」
「自分に、正直」
「おう、大人になるんはもっと後でもよかろ?この年になっても大人になりきらんヤツもおるんっちゃけん」

森山は吉澤に笑顔を向けた。
吉澤は泣き笑いの顔で森山を見る。

森山の温かい手が、情けないけど正直な顔で自分を見ている吉澤の髪をくしゃっと撫でた。

それから、二人はだまって夜の通りを見ていた。
「あ、姫野ちゃんだ」
「迎えか?」
「うん」
「じゃあ、気をつけて帰れよ」
森山は吉澤に背を向けて店のドアに向かった。

「あのっ、森やんっ」
「ん?」
「またっ―――」

「おお、またな」


つづく


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